ドラマ評論家の成馬零一氏は、『軍師官兵衛』の主人公が変化し見応えが出てきたという。
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『軍師官兵衛』が、ようやく面白くなってきた。
本作は戦国時代を舞台に豊臣秀吉の名軍師として有名な、黒田官兵衛の生涯を描いたNHK大河ドラマ。
1月のスタート以来、迷走していたが、官兵衛が天才軍師として覚醒して以降、盛り上がってきている。
しかし、大河ドラマは、同じNHKの看板ドラマである連続テレビ小説(朝ドラ)に比べて、視聴率の面で苦戦を強いられている。第29回こそ、今まででもっとも高い平均視聴率19.4%(関東地区)を記録したものの、第34回では、13%(同)に急落した。
『龍馬伝』や『平清盛』など、近年の大河ドラマは、重厚な歴史劇を展開しており、高画質の映像と、作りこまれた美術を背景にした複雑な群像劇が、玄人筋から高い評価を受けている。しかし、幕末や平安末期という馴染みのない時代を舞台とした物語の複雑さが、一般視聴者にとっては敷居の高さともなっている。
臨場感のある映像に対しても、「画面が暗い、汚い」という批判が少なくない。つまり作り手が引き上げた水準に、“視聴者がついていけない”というズレが起きているのだ。
『軍師官兵衛』は、その点をかなり改善しようとして、舞台を日本人にとってポピュラーな戦国時代とすることで、とっつきやすい作品になると、当初は思われた。
ドラマ自体も、アクションに定評のあるV6の岡田准一を官兵衛に起用し、勇ましい青春活劇として始まったが、だんだん織田信長(江口洋介)が、ブラック企業の社長のように家臣にキツく当たるようになっていき、陰惨な方向へと向かっていく。
官兵衛たちの物語も、黒田家が仕える小寺家が、織田家につくか毛利家につくかで内輪もめを繰り返すようになり、その影響で子どもや女といった弱者が戦(いくさ)の犠牲になる姿が繰り返し描かれた。やがて官兵衛も、盟友だった荒木村重(田中哲司)の裏切りにあい、城の地下牢に幽閉されてしまう。正直言うと、あまりにキツイので、僕はここで一度、見るのを止めてしまった。
とはいえ、この展開は官兵衛の変化を描くために必要なものだったのだろう。前半の若々しさから一転、投獄の影響で厳しい形相へと変貌した官兵衛は天才軍師として復活。容赦ない戦略で毛利を追い詰めていく。
やがて、信長が明智光秀(春風亭小朝)に本能寺で討たれたことを知ると、混乱する秀吉(竹中直人)に、「ご武運が開けました」と語りかけ、今こそ、天下人に名乗りをあげる時なんです、と背中を押す。それは、まるで悪魔の誘惑のようだ。
失脚して僧侶となった荒木村重は、再会した官兵衛に、天下取りは人を狂わせ、化け物にする、と語る。官兵衛は秀吉に天下を取らせることで、乱世を終わらせると反論するが、そう語る官兵衛が一番、化け物じみて見える。秀吉もまた、“天下取り”の誘惑と茶々(二階堂ふみ)への執心から化け物へと変わっていく。
茶々は、信長の妹・お市の娘。秀吉によって父・浅井長政と、母・お市と義父の柴田勝家が自害に追いやられた。しかし、親の敵(かたき)である秀吉から激しい求愛を受けて、側室となる。二階堂ふみの怪演もあってか、その佇まいは、官兵衛に匹敵する狂気を孕(はら)んでいる。彼女もまた乱世が生んだ化け物なのだ。今後、晩年の秀吉が取り憑(つ)かれた朝鮮出兵をどう描くのか。化け物たちの狂宴(競演)に注目だ。
※ 週刊朝日 週刊朝日 2014年9月12日号