このたび「櫛挽道守(くしひきちもり)」で第9回中央公論文芸賞を受賞した、直木賞作家の木内昇(のぼり)氏。高校、大学とソフトボール部で鳴らした野球通でもある。優勝を決めた大阪桐蔭(大阪)のようなチームは、個人的に応援したくなるという。2014年夏の甲子園の観戦記をお届けする。
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山場は7回裏にやってきた。19日2回戦。大阪桐蔭に4点ビハインドで迎えた明徳義塾の攻撃。2死満塁。初戦で3ランを放った代打の切り札・田中が打席に入る。ネクストバッターズ・サークルで胸を叩いて精神集中、気合を入れてバットを構えた。
3球目、鋭く振りぬくも打ち上げてしまう。が、三塁手・香月がわずかに追いつかずファウル。こういう命拾いの後、案外長打が出たりするもの。カットで粘った7球目だった。詰まりながらも飛んだ打球はセンター前ポテンヒットになる。
……はずが、これを二塁手・峯本が後ろ向きでキャッチし、追加点を阻止したのだ。難易度が高い後方のフライ処理も秀逸なら、センター・森がスライディングで交錯を避けたのも見事だった。このプレーで流れは完全に大阪桐蔭に傾いた。
風を呼び込む選手がいる。この峯本や健大高崎の脇本、敦賀気比の峯、星稜の今村がそれだ。器用でセンスがよく、攻守ともに穴がない。常に臨機応変に動くため、手が読みにくい。名うての豪腕や強打者以上に、一筋縄ではいかない分、相手にとると厄介だ。執拗にペースを乱してくるからである。
だがこの試合、明徳のエース・岸は集中力を切らさなかった。初戦で、智弁学園の並み居る強打者を巧みな制球で封じた豪腕。140キロ台の直球とコーナーをつくカットボールで緩急をつけ、自分らしい投球を貫いた。しかも9回2死、自ら2ランを放つという見せ場まで作る。スター性とはこういうものか。1年時から4度目の甲子園。そして最後の夏。整列時の清清しい表情は、力を尽くした3年間を物語っていた。