俊足であれば、龍谷大平安の徳本はじめ、50メートル5秒台の選手は他にもいる。が、健大高崎の攻撃は、足の速さ以上に巧緻な走塁術が肝だと思う。盗塁も漫然とは滑り込まない。カバーに入る野手の動きを見て、ベースのどちら側を攻めるか瞬時に判断している。リードでも、細かいステップを踏んでエンドランをにおわせてはバッテリーを攪乱。一、三塁でもないのにディレードスチールを仕掛けてくる。定石通りにはいかないのだ。

 打席でも曲者ぶりを発揮。特に上位打線は本塁に覆いかぶさるような構えが目に付いた。これだとストライクゾーンが狭く、投手は内角を攻めづらい。死球回避の心理が働き、甘いコースに入りやすくなる。また、前に走者が出た場合、捕手の視界を狭める効果もある。窮屈な構えではあるが、バットを寝かせてコンパクトに振れば、スイングスピードの調整で内角外角とも対応でき、長打も狙えるのだ。

 また、万事俊敏なため守備も鉄壁。前にこぼしてからの処理が早くアウトがとれる。かつポジショニングも正確、外野など、ほぼ打球の飛んだ場所にいるから恐ろしい。一歩目が早く、最短距離で打球に追いつくから、普通ならきわどい当たりも凡フライに見えてしまう。「機動破壊」というと力業な感もあるが、実は隅々まで細やかに考え抜かれた頭脳プレーなのだ。

 準々決勝では、大阪桐蔭エース・福島の、果敢に内角を攻める強気な制球に軍配が上がったが、健大高崎はまさに、この夏を掻き回した存在ではなかったか。

 流れをうまくひきつけたチームもあれば、流れにそむかれたチームもある。劇的な逆転劇で石川大会を制覇し、甲子園でも粘りの野球で勝ち進んだ星稜。八戸学院光星戦、1対1の同点で迎えた延長10回、エース・岩下の投球が逸れ、均衡が崩れた。記録はワイルドピッチ。ただ、巧みに低めをついた投球に見えた。捕手の横山も体で止めたが、不幸にも左足が球を弾いて見失い、勝ち越しを許す。捕手のマスクは下方向の視界を想像以上に奪うものだ。星稜は惜敗したが、昨夏は硬さのあった岩下が、笑顔で伸び伸び最後の夏を戦っていたのが心に残った。

 日本文理にサヨナラ2ランを打たれた富山商の左腕・岩城は痛恨の極みだろう。あと一歩で勝ちを逃した悔しさ、仲間に申し訳ないという思い。他人事とは思えなかった。ただ、地方大会を勝ち抜き、甲子園の切符を摑めたのは、彼の健闘あってのことなのだ。

 高レベルの真剣勝負だ。悔しい思いをした選手も少なくないと思う。けれどこれまで積み上げてきたものはけっして消えず、個々人の糧になっていく。彼らの熱戦に接しながら、改めてそう実感する日々である。

週刊朝日  2014年9月5日号