一人で暮らすのは当たり前、ずっとそうやって生きてきた――。そんな気丈な人でも、老いを自覚した日を境に、先行きの不安にかられるはずだ。伴侶と死別する人もいる。「おひとりさま」で認知症になった人たちの心構えや対策を取材した。

 7月の3連休に訪れた北海道・函館で撮影したたくさんの写真がフェイスブックに投稿されている。仲間たちと楽しげに過ごすショットに「いいね!」がたくさんついている。

「SNSを始めたら知り合いが増え、一気に世界が広がったんですよ」

 そう微笑みながらタブレット端末を操作する東京近郊在住の佐藤雅彦さん(60)は、若年性アルツハイマー型認知症の当事者だ。9年前に診断され、今年6月に自ら手続きして「サービス付き高齢者向け住宅」に入った。外出自由で3食付き。居室内には緊急通報装置があり、コールすれば常駐スタッフが駆けつけてくれる。

 そんな佐藤さんの“おひとりさま生活”を支える強い味方が、パソコンや携帯電話などのIT機器だ。

 コンピューター会社のシステムエンジニアをしていた。得意先に納品に行った時、駐車場の場所がわからなくなって30分間迷った。行き慣れたはずの近所のスーパーで、買いたい商品の陳列棚がわからなくなった。精神科で診断が確定し、25年間勤めた会社を退職した。

「認知症と言われた時には目の前が真っ暗になりましたが、私はクリスチャンなので教会に通いたいと思った。そこから、できないことはあきらめて、できることを探すようになりました」(佐藤さん)

 診断当初は「一人暮らしは無理」とグループホームを紹介されたが、施設では自由に外出できなくなると知り、従来どおり、単身住まいの自宅マンションに居続けることにした。

 
 漢字は書けなくてもパソコンが打てる。一人で買い物にも行ける。楽しい出来事を記録にも残せる。そうした佐藤さんの能力を最大限に発揮させる道具の一つがタブレット端末だ。

 例えば佐藤さんは朝5時にセットしたアラームで起きる。起床時間は携帯のカメラ機能で時計の写真を撮って保存する。こうした「規則正しい生活」を送るのは認知症をなるべく進行させないためだ。多くの患者たちは時間の感覚がつかめなくなり、昼夜逆転する。なので睡眠を確保し、朝起きて夜眠るだけでも症状の悪化を抑えるとされる。

 また、佐藤さんは外出する時や人と会う時も、事前にやはりアラームを設定し、時刻が近づくとアラームとメッセージで「どこに出かけるのか」「誰と会うのか」などを表示させ、確認する。

「携帯電話やタブレット端末の設定は近くに住む弟にやってもらいましたが、メールの送受信や文字は打てます。フェイスブックの操作も覚えたんです」(佐藤さん)

 このほか困ったことが起きるたびに、「次はそうならないように」と佐藤さん自身が編み出した解決策が、たくさんある。

 認知症の進行を防ぐ薬を飲み忘れないために「お薬カレンダー」に薬を1週間分セットし、飲んだかどうか目で確認する。買い物に行く時は「買ってはいけないリスト」も持参し、余計な物を買わない。おつりの計算ができなくなるのでクレジットカードを使う。

「不便なこともありますが、不幸ではない。失った能力を嘆くのではなく、残された能力に感謝して生きます」(佐藤さん)

 佐藤さんは週1度、ヘルパーを頼み、一緒に居室を掃除する。これは介護保険のサービスではなく、全国の市区町村にネットワークを持つ全国社会福祉協議会(社協)が提供する「日常生活自立支援事業」だ。一人暮らしの人が認知症になった時に使える公的制度の一つとして知られる。

 具体的には(1)認知症が始まった人に対し、金銭管理や自治体に出す書類の手続きを代行してくれる(2)1時間約1200円で家事支援も担う(3)症状が悪化した場合は地域包括支援センターと連携を取り、本人に適した援助につないでくれる、など。文字どおり、“おひとりさま”向けに練られた内容だ。

 もちろん佐藤さんのように認知症でも自立した生活を送れるケースはまれだろう。しかし、今後さらに進む高齢社会を生きる術として、参考になる。

週刊朝日  2014年8月8日号より抜粋