ドラマ評論家の成馬零一氏は、昨今人気の“池井戸ドラマ”についてこういう。
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この春クールのドラマが終了しましたが、今期は『花咲舞が黙ってない』『ルーズヴェルト・ゲーム』という、池井戸潤の小説を原作とした2本のドラマが話題になりました。秋にはWOWOWで『株価暴落』が織田裕二主演で予定され、今や池井戸ドラマというジャンルが確立されたと言っても過言ではありません。
元々、池井戸の小説は定期的にドラマ化され、NHKの『鉄の骨』や、WOWOWの『空飛ぶタイヤ』などが高い評価を受けていたのですが、どちらかと言うと硬派な社会派ドラマというイメージ。一般の視聴者には敷居が高い作品でした。
大きな転機となったのは、昨年放送された『半沢直樹』です。メガバンクを舞台に銀行業界の内幕を描いた本作は、硬派な部分を残しつつも、銀行組織内の不正を正しながら権力の階段をのし上がっていく半沢直樹(堺雅人)という新ヒーローを描いたことで人気を獲得し、全話の平均視聴率が28.7%(関東地区、以下同)、最終話の平均視聴率はなんと42.2%という、大ヒット作となりました。
チーフ演出の福澤克雄は、『半沢~』は黒澤明の映画『用心棒』を意識したと語っています。つまり、現代を舞台とした勧善懲悪の社会派時代劇として作られたのです。銀行や大手企業内でのゴタゴタは時代劇『忠臣蔵』などで描かれる“お家騒動”であって、社員や取引先の町工場は幕府の圧政に苦しむ庶民と考えれば理解いただけるかと思います。
『不祥事』などを原作とした『花咲舞~』は『半沢~』と同じ銀行を舞台としたドラマです。主人公は、各支店での業務改善を指導したり支援したりする支店統括部臨店班に所属する花咲舞(杏)と、上司の相馬健(上川隆也)。行く先々の支店ではびこっている上司の悪行を正し、真面目に働く行員たちを助けていくという話で、銀行版『水戸黄門』とでもいえるドラマでした。
一方、『ルーズヴェルト~』は、『半沢~』の制作チームが再び手がけた作品です。中堅電子部品メーカー・青島製作所の生き残りをかけた新製品開発競争の裏で起こる企業間の争いと、廃部寸前の青島製作所野球部の生き残りをかけた試合を並行して描くドラマです。古き良き日本型企業の経営と野球を重ねたお家騒動のドラマは見応え抜群で、『半沢~』以上に作りこまれた作品でした。
今期どちらもヒット作となりましたが、全話平均視聴率は『花咲舞~』が16.0%、『ルーズヴェルト〜』が14.5%と、『半沢~』程には伸びませんでした。
原因を分析するに、『花咲舞~』は、気軽に楽しめるのですが、花咲舞に対する組織の抑圧が弱いために、『半沢~』に比べるとどこか他人事めいて見えて、ドラマとしての緊張感が弱かった。一方、『ルーズヴェルト~』は、しっかりと作りこんだが故に、登場人物が増えて、物語が複雑化してしまい、『半沢~』のようなわかりやすさがなくなってしまったからではないかと思います。
今後も池井戸原作のドラマは作られていくと思いますが、『半沢~』クラスのメガヒットを生み出すには、シンプルで力強い物語と、極限状態の緊張感の中で戦うヒーローが必要なのかもしれません。
※週刊朝日 2014年7月18日号