柔道整復師とは「整骨術(ほねつぎ)」の技術を身につけ、接骨院などで骨や関節の障害を改善させる人のことだ。肩こりや腰痛などの慢性的な疾患や病状には健康保険が使えないが、不正請求は後を絶たない。知らないうちに加担しているケースもあるから要注意だ。
都内の会社に勤務する40代の女性は、10年以上もの間、肩こりや腰痛に悩んできた。自宅の近所に整骨院ができると、渡りに船と通うようになった。1回の施術時間は30~40分。支払額は1500円ほどだったが、整骨院のスタッフから言われるままに、健康保険を使っていた。
「健康保険が使える、という看板が出ていたので、『ここならいいかな』と思ったんです」
そんなとき、友人から、慢性的な肩こりや腰痛には健康保険が使えず、保険を使うのは違法行為だと指摘された。
「どんな治療に健康保険が使えるのか、あのような看板ではわからない。こういうことはもっと早く知りたかった」
この女性は不正請求があることを知ったいま、整骨院には通っていないという。
接骨院や整骨院による健康保険の不正請求は、これまでもさまざまな形で報道されてきた。医業類似行為の問題に取り組む整形外科医の喜多保文医師(喜多整形外科院長=大阪府守口市)は、こうした問題が起こる背景について、「多くの人が、柔道整復師の本来の業務について詳しく知らないので、つい彼らに言われるまま健康保険を使ってしまっているのではないか」と指摘する。
そもそも柔道整復師の業務範囲は、打撲やねんざ、肉離れ、骨折、脱臼で、主に急性のものに限られる。骨折や脱臼は応急手当てを除き医師の同意が必要だ。これは整形外科医がいまほど多くなかった時代に、骨折など急性の外傷の応急処置を柔道整復師が担っていたためだ。そしてこの5疾患では、確かに健康保険を使って施術を受けられる。
一方で、「肩こりや腰痛の改善、疲労回復などを目的にしたマッサージは、柔道整復師の業務範囲ではない」と喜多医師は説明する。
「マッサージや指圧を生業としたいのであれば、『あん摩マッサージ指圧師』の資格を別に取る必要があり、この資格がなければ、無資格者による施術と変わりありません。いまは骨折や脱臼をしたら、整形外科医に通うのがご時世で、接骨院や整骨院が本来の業務だけで生計を立てるのは非常にむずかしい。だから範囲を超えた施術をしてしまうわけです」(喜多医師)
ほかにも、診察やX線検査などをして診断することや、外科手術や薬を投与するなどの治療は認められていない。
健康保険の不正請求の実態については、会計検査院が2010年に報告した調査がある。長期間、あるいは3カ所以上にわたって何らかの施術を受けた人(203施術所、940人)に対し、面会または電話で聞き取りした内容がまとめられている。
これによると、施術所(接骨院や整骨院)が保険者(健康保険組合など)に提出する「療養費支給申請書」に記載した負傷部位と、施術を受けた人が施術所に申告している負傷部位が異なっていたものが、66%もあった。また、実際の施術を受けた原因が日常生活で起こる肩こりなど、本来なら健康保険が認められない症状だったものが50.7%と、半数以上に及んでいた。
※週刊朝日 2014年3月7日号