TPP(環太平洋経済連携協定)交渉では、米国が主導権を握っているといわれている。「本丸」として狙っているのが日本の医療分野。具体的には保険会社と製薬会社の2業種で利益拡大を図ろうとしているようだ。保険会社については日本の公的な健康保険の対象を狭めて事業の範囲を大きくしたがっている。だが、これが実現すると日本の医療は「金持ち優遇」になりかねない。

 日本の医療関係者が最も懸念するのは、「混合診療の全面解禁」だ。混合診療とは、公的な健康保険が利く「保険診療」と、利かない「保険外診療」とを併用すること。これまでは、安い保険診療を受けた患者が同時に保険外診療を受けることは、原則として認められなかった。

 この混合診療が認められるとどうなるのだろうか。日本では歯科で混合診療が解禁されている。たとえば入れ歯をつくろうとすると、保険が利くものと利かないものがある。歯科医の間では一般的に、性能がいいものは価格が高く、保険が利かないことが多いと言われる。日本の保険制度では、医薬品や医療機器の価格も国が決める。製造や販売をする会社が自由に値段を決められる「保険が利かない医療」では、性能に比例して値段が高くなる傾向にあるとされる。患者や家族が、「性能がいい薬であれば、どれだけ高くても使う」と考えるケースが多いからだ。その結果、患者の負担が大きくなりがちだ。

 これが歯科以外の医療まで広がると、どうなるのか。心臓の治療に使うペースメーカーを例に挙げ、想像してみよう。保険が利かない高性能なものは値段も高い。保険が利くものは、性能はそれなりで安い。こんな状況になったとする。患者は医師に、「どちらを選びますか」と問われるだろう。お金を持っているか否かで寿命が変わりかねない……。

 こうなると、高額な負担に耐えられるお金持ちが得をする「金持ち優遇」の医療と言える。「貧富の格差」が「命の格差」につながる危険が生じるわけだ。

週刊朝日 2013年11月22日号