終末期における意思決定への関心が高まっているが、「理想の死」への支度とは一体何か。川崎市の松根敦子さん(79)の場合はこうだ。
〈私が気を失っていても絶対に蘇生させないで下さい〉
川崎市の松根さんの家の玄関先には、手作りの札が掲げてある。理想の最期のための「意思表示」だ。
「宅配便の配達員が『これ何ですか!』と驚くんです。無理な延命治療はしないという宣言書よ、と説明するんです。自衛策、といってもいいかしら」
敦子さんは今年3月まで日本尊厳死協会の副理事長を務め、尊厳死についての考えを人々に伝えたり、相談にのったりしてきた。
この協会は、産婦人科医で国会議員も務めた故・太田典礼氏を中心に1976年に発足したものだ。リビング・ウイルによって安らかに死ぬ権利を守る考えに賛同し、敦子さんは夫の光雄さん(享年69)とともに設立直後に入会している。
「入った当初は200人足らずだった会員も今は12万5千人を超えている。私が尊厳死について考えたきっかけは、義理の両親の死でした。人は生き方だけでなく死に方にも責任を持たなければと思ったんです」
札だけでなく、もしもの際の「別れの手紙」を居間に置き、散骨や遺品整理に備えた連絡先も目に見える場所に用意している。
ここまで死に支度を整えている人は珍しいが、いざというとき、女性のほうが男性より肝が据わっているというのは本当のようだ。実際、日本尊厳死協会の会員も約7割が女性だという。
夫は、妻に終末期の面倒をみてもらうケースが多いので、あえて準備しなくていいと、「終活」に消極的だが、妻のほうは、親を看取り、子どもに負担をかけたくないと、準備を整える傾向があるらしい。
「出かけた先で、何かあってもわかるように、ブラジャーのすき間にもDNR(蘇生拒否)のメモを挟んでいるの(笑い)。幕の引き方を決めれば今が充実する。それは本当よ」
※週刊朝日 2012年12月21日号