もちろん、主催者にとってもライブ中止の損害は甚大だ。お笑いライブを主催しているのは主に、ライブ運営を専門にする組織や個人、お笑い事務所、芸人個人の3種類である。

 前述の通り、お笑いライブは芸人がネタを磨いたり成長したりするための場所として考えられているため、チケット代の相場が安く、ビジネスとしての利益を度外視して行われていることも多い。

 だからこそ、予定されていたライブが中止になるのは、零細企業や一個人である主催者にとっては本当に厳しいことなのだ。新型コロナウイルスは、お笑い業界全体にも深刻なダメージを与えることになる。

 振り返ると、以前にも似たような事態があった。2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が起こったときだ。大地震による津波で広範囲に被害が及んだ上に、福島第一原子力発電所では炉心溶融(メルトダウン)が起こり、大量の放射性物質が放出された。いわゆる「東日本大震災」である。

 テレビは災害報道一色となり、お笑い番組は一切放送できなくなった。数日後には通常通りの編成に戻っていったのだが、自粛ムードは続いていた。こんな非常事態にお笑いを見ている場合じゃない、というのが当時の世間の空気だった。

 実際、自粛ムードに押されて、お笑いライブも軒並み中止になっていた。特に、被災地に近い東京では、放射能への不安が人々に蔓延して、パニックに近い状態に陥っていた。

 この自粛ムードが、当時のお笑いブームを名実共に終わらせることになった。その前年あたりはお笑いブームがピークを迎えていた。『M-1グランプリ』が空前の盛り上がりを見せていた上に、『爆笑レッドカーペット』がヒットしてショートネタ全盛時代を迎えていた。毎週のようにどんどん新しい芸人がテレビに出て、スターになっていった。人気の若手芸人を取り上げるお笑いグラビア雑誌も乱立していた。

 しかし、2010年には『M-1』がいったん終わり、その勢いに陰りが見えていた。そしてその3カ月後、震災がお笑いブームにとどめを刺した。時を同じくして『爆笑オンエアバトル』『爆笑レッドカーペット』などのブームを支えてきたネタ番組も終わった。

 今回のコロナ騒動で個人的に危惧しているのは、それなりの盛り上がりを見せていたお笑い第七世代ブームがこれで落ち着いてしまうのではないか、ということだ。

 災害や伝染病そのものも恐ろしいが、それによって人々が笑う余裕をなくしてしまうのも恐ろしい。不安は笑いの天敵である。新型コロナウイルスがお笑いブームに水を差すことがないように願うばかりだ。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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