下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「アジアはいつも薄曇り」(隔週)、「タビノート」(毎月)
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「アジアはいつも薄曇り」(隔週)、「タビノート」(毎月)
この記事の写真をすべて見る
ハンドシャワーの水が周囲に飛び散ってしまう気がするのだが
ハンドシャワーの水が周囲に飛び散ってしまう気がするのだが

「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第16回は「トイレの小便器」について。

*  *  *

 男性にしかわからない話で申し訳ない。男性用の小便器……、日本の会社や公衆トイレの小便器の前に、「一歩前に」というステッカーが貼られていることがときどきある。これは日本だけに限ったことではない。中国では、「上前一小歩 文明一大歩」というステッカーをよく見る。こうなると、どこかスローガンのにおいすらするが。

 これは尿はねを防ぐことが目的だ。便器にあたった尿は周囲に飛び散る。それが汚れや悪臭の原因になってしまう。一歩前に出ておしっこをすると、尿はねをだいぶ防ぐことができるのだという。

 しかし男性全員がそのステッカーを見て、一歩前に出るわけではない。便器に近づくことになるから、敬遠する人もいる。

 シンガポールのチャンギ国際空港。そのトイレに入ると、小便器のなかに、黒い小さな昆虫が描かれている。よく見ると、ハエのようにも見える。男性のなかには、「このハエを跳ね飛ばそう」とおしっこをかける人がいるかもしれない。これが絵とわかっても、そこを的にしておしっこをかけたい衝動に駆られる。

 その結果、一歩前に出てしまうのだ。もともとはオランダのスキポール空港で生まれたアイデアだと聞いたこともある。
 先月、中国の成都の食堂のトイレに入った。その小便器のなかにあったのは、サッカーゲームのプラスチック製のゴールとボール。ボールめがけておしっこをすると、ボールがゴール内でくるくると動く。ついおしっこで遊んでしまった。これも一歩前に……のためのものだった。

 やはり先月。バングラデシュのダッカにあるシャージャラル国際空港のトイレに入った。小便器の脇にハンドシャワーがとりつけてあった。東南アジアではよく見かけるものだが、小便器の脇にあるのを見たのははじめてだった。便器の前でかなり悩んだ。結局、使い方がわからずにトイレを出た。

次のページ
はたしてシャワーで洗うものは…