特にこの業界は、「いいよ、いいよ」で進んじゃうから。それで後になって、「ちくしょう、ダマしたな!」ってなる(笑)。自分のお金を管理できているレスラーなんて、全体の三分の一もいないかもしれない。そういう点で俺よりも交渉下手として頭に浮かぶのは、谷津嘉章やジャンボかな。ただね、俺は全日本プロレスを飛び出してから数々の会社に所属したし、行く先々で交渉の機会があったから、とても交渉事の多い人生を歩んできたことになる。だから、谷津の場合は単に経験値や、チャンスが少なかったというイメージなんだよね。

 俺にとっても他のレスラーにとっても、人生の転機になるほどの大きな交渉といえば、やっぱりSWS移籍のときのメガネスーパーとの話になるのかな。あのときは、ほぼ全員が倍額のギャランティを提示されて、「行きます!」って即答しちゃったから。でも、女房は、「プロなんだから、ヘッドハンティングの評価はお金でしか計れない。価値を認めてもらって初めてプロじゃない」って、その後もさらに条件を詰めてくれた。振り返ると、その違いは大きいよね。

 ただね、馬場さんに、「移りたい」と交渉して引き留められたときのことについては、今でもちょっと失敗したなと後悔している。俺は新しいプロレス団体でエースになれるということに夢を抱いたわけだけど、「ほしいときはいらない、いらないときはほしいと言え」。やっぱり義父の言葉が頭の片隅にあったんだね。

 ついでにその後の、WWF(※編集部注:現WWE)との交渉の話もしようか。あのときの俺は、ニューヨークを本拠にする一大勢力のWWFと業務提携して、SWSが向こうの選手の国内唯一の受け入れ先になることで、親会社のメガネスーパーに箔を付けるということだけを考えていた。それでビンス・マクマホンたち幹部を前にして、最初から、「100万ドルを出す用意はしている」って直談判をしたんだよ。もちろん、日本にいる関係者からは、「アメリカのトップ団体じゃなくても、日本に余っている選手を集めればいいじゃない」って批判を受けていたけれど。でもさ、それじゃあアントニオ猪木や長州力の新日本と、ジャンボ鶴田や三沢光晴の全日本には勝てない。だから、俺が勝手に話を済ませたところもあったんだよね。

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