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50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、突然患った大病を乗り越えて、カムバックを果たした天龍源一郎さん。来年に迎える70歳という節目の年に向けて、いま天龍さんが伝えたいこととは? 今回は「交渉術」をテーマに、飄々と明るく、つれづれに語ります。
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まずね、俺は自他共に認める「交渉下手」なんだよ(笑)。それでもここまで世渡りできたのは、全日本プロレス在籍時から一緒に交渉にあたってくれた女房のお陰。彼女は高校生のときから簿記をやっていたし粘り強い性格だったから、本当にいい条件を引き出してもらってきた。今でも、「あなたのお陰で随分苦情を受けたわよ」なんてこぼされるけど、「そこは曲げられない」というところは突っ張ってくれたから。「生意気な!」って思われたことも多かったはず。でも、ことビジネスとしての天龍源一郎や俺の会社のことに関しては一歩も引かなかった。
これは女房のお父さんの受け売りだけど、交渉事は、「自分の気持ちのなかでイエスのときは、ちょっとゴネろ。ノーのときは、スッと相手の懐に入って断れば揉めない」。少しでも、「いいな」と思ったなら、話を引き延ばして条件を付ければ、お前をほしい相手なら飲むはずだし、満願の回答を得られるはずだって言われたのを覚えている。まあ俺自身はやったことがないけれど、ゴネ得というのは確かにあるし、結果的には俺もそうやって進んできたというのが正直なところだよ。
俺は物事の決断を、そのときの感情に任せるところがあるからね。例えば、「次は猪木さんとのシングルマッチ、どうですか?」って打診されたら、すぐに、「いいですよ!」って言っちゃう。ことプロレス界においては、俺の手なずけ方を心得ている相手が多かったし、女房が手強いとわかると、ズルして俺に直談判する人も出てくる。俺が、「あとのことは女房に話しておいて」って受けちゃうから。だから当時の交渉相手は、「天龍の女房が出てくるぞ」って、色々な回避術を学んだと思うよ(笑)。