利根川流域の降水量でみると、カスリーン台風は前橋市の前橋測候所(現・前橋地方気象台)における1時間あたりの最大雨量が56.5ミリ、2日間の総降水量は319.9ミリだった。

 これに対して台風19号では、国交省関東地方整備局八ッ場ダム工事事務所(同長野原町)の敷地内にある長野原観測所で1時間最大雨量37ミリ、降水量は10月11日午前2時から13日午前5時までのほぼ2日間の累計で347ミリに達し、カスリーン台風を上回っている。支川では神流川の万場で538ミリ、思川の新落合で500ミリ、烏川の応桑で474ミリ、渡良瀬川の足尾で427ミリなど、さらに大量の雨が降った地域もあった。

 治水ダムは、流れ込む水をぎりぎりまで貯水池(ダム湖)に貯め、下流の洪水を防ぐために放流量をできる限り少なくすることを目的に設置されている。それでもダム湖に貯め込みきれないほどの豪雨に見舞われた場合にのみ、流入量と同じだけの水を下流に放流する「異常洪水時防災操作」が行われる。

 一般に「緊急放流」と呼ばれるのがこの操作で、これによってダム下流の河川流量は、ダム湖で抑えていた間よりも大幅に増えることは避けられない。そのため下流部では氾濫の可能性も高まり、事前の周知徹底など適切な対応が必要となることは言うまでもない。けれど、けっしてそれまでダム湖に貯め込んでいた分までもプラスした大量の水を一気に放流するものではない。

 異常洪水時防災操作はダムの運用側にとっても極力避けたい状況だが、台風19号ではやむを得ず、那珂川水系の竜神ダム(茨城県常陸太田市)・水沼ダム(同北茨城市)・塩原ダム(栃木県那須塩原市)、相模川の城山ダム(相模原市)、鮫川の高柴ダム(福島県いわき市)、天竜川の美和ダム(長野県伊那市)の計6カ所で実施された。

 しかし、利根川・荒川流域のダム群は今回、大量の水を受け止め、異常洪水時防災操作に至ったダムは一つもなかった。川にほぼ並行して走る吾妻線や秩父鉄道はもとより、下流にある多くの路線でも長期間の不通に至るほどの被害は、ほぼ生じずに済んだ。

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八ッ場ダムは7500万立方メートルを貯水