がんと宣告されると多くの患者は動揺します。医師はできる限り、患者の不安を取り除こうと、慎重に言葉を選んで検査結果などを伝えます。『心にしみる皮膚の話』の著者で、メラノーマという皮膚がんの治療にあたる京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師は、10年以上前、患者の「心のゆらぎ」に気づけずに後悔していることがあると語ります。
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医学を勉強し医者を続けていくと、必ず医療の限界に気づかされます。悔しいけれども「治せない」「助けられない」状況は訪れ、大きく立ちはだかった壁を前に自分たちの無力さを痛感します。
私たち医者も、患者さんと一緒に悩み、そして苦しみます。
ただ、私たちはその「悩みと苦しみ」を日々の診療の中で繰り返すことで、徐々に「悩む」時間を縮め、患者さんよりもずっと早く苦しみを通り抜けてしまいます。
10年以上も前の出来事ですが、患者さんの「心のゆらぎ」を忘れ、苦しみのトンネルから早く抜け出してしまったための後悔があります。
患者さんの守秘義務に反しないよう事実と異なるところもありますが、当時私が感じたことをそのままに、エピソードを紹介したいと思います。
香山武(かやまたけし)さん(仮名)は、23歳と私より年下の男性患者さんでした。おなかにできた悪性黒色腫(別名:メラノーマ。ほくろのがんとも呼ばれる)で、私たちの病院を紹介され、治療のため入院しました。
香山さんはがんのことをとても心配していました。誰だって自分が20代のうちにがんになるなんて思っていません。心の準備ができるはずもなく、ただただ不安な様子でした。
私はちょうど、医者として少し自信を持ち始めた頃でした。まだ、メラノーマの専門家ではありませんでしたが、自分が診察した感じでは、香山さんのがんはそれほど大きくなく、転移の心配はないと考えていました。手術で取りきってしまえば完治するだろうとの読みです。
ほくろのがんであるメラノーマは若い方にもできます。小さな頃からあったほくろがメラノーマになるケースもあります。ほくろとほくろのがんに関しては、以前の記事で見分け方のABCDルールを紹介していますので、参考にしていただければ幸いです。