こちらも名優、津川雅彦さんとドラマでご一緒した時。捜査会議のシーンで気の遠くなるような長ゼリを、全く詰まることなく、魅惑的な見事なセリフ回しで演じ切っておられた。津川さんは、セリフは何日も前から、何度も何度も練習すると仰っていた。そうやってセリフを自分に染み込ませることで、変わりゆく現場の状況にも柔軟に対応できる、と。

 繰り返すが、これは良い悪いの話ではない。勝新さんも津川さんも言うまでもなく歴史に名を刻む、大名優だ。要は役者によってやり方は様々ということだ。ちなみに、これらは全て映像の話で、舞台の場合は「寝言でも言えるようになるくらいセリフを染み込ませなきゃダメ」なんて言われる。

 僕が昔いた団体「自転車キンクリート」の先輩俳優、久松信美さん(当コラムでも以前、ご紹介した方)は、かつて舞台本番中にセリフが飛んでしまい(忘れて出てこなくなること)、しかも共演者が誰もフォローできない箇所で飛んでしまい、そういう時はたった数秒であってもセリフを忘れた役者本人にとっては数分、数十分にさえ感じるもの(ちなみに久松さんは「永遠」に感じたそうだ)だが、とにかく、まさに地獄の沈黙の時間が続き、果てはなんと客席にいたリピーターのお客さんがプロンプ(忘れたセリフを教えること)してくれたそうだ。

 いや~セリフ覚えには、悲喜こもごものロマンがある。いやロマンはないか。必死だ。皆、必死だ。そんな訳で、わたくし現在稽古中。三谷幸喜さん作・演出の舞台「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」。みんな、もし僕がセリフを忘れたら、客席からプロンプしてね。嘘。必死に覚えます。(文/佐藤二朗)

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