時間の経緯のなかで忘れられがちだが、この問題の発端は、2017年5月17日に菅氏が記者会見でウソをついたことにある。
安倍晋三首相の友人が理事長を務める加計学園の獣医学部新設をめぐり、文部科学省内に「総理のご意向」と書かれた文書があることを朝日新聞が報じた際、菅官房長官は「怪文書のようなものだ」と存在を否定した。メディアの信用力の低下に乗じ、「誤報」扱いにすれば、逃げ切れると考えたのであろう。その後、約1カ月にわたり、政府をあげて国会や記者会見で偽りの答弁を続けたのである。
その空気を打ち破ったのが、望月記者だった。
「キチンとお答えをいただいていないと思うから、何度も聞いている」
官邸の記者会見場に乗り込み、菅官房長官に計23問の質問をぶつけた。その様子が夜のテレビでも報じられるなか、政府は文書の再調査に追い込まれ、なきものにしようとした文書を開示することになった。
ここで手痛い敗北を喫した官邸が、記者クラブの一部も巻き込んで逆襲してきたのが質問制限・妨害だ。産経新聞が望月記者の質問を問題視するネット用記事を量産した後、官邸は「公務があるので次で最後の質問」というアナウンスをすれば、不都合な記者の質問を打ち切ることができる新たなルールをつくったのである。事実上の「望月封じ」のルールだ。望月記者はめげずに通い続けたが、望月記者に「問題記者」「事実誤認」のレッテルを貼り、質問を妨害する官邸の行為はエスカレートし、「表現の自由の促進」に関する特別報告者のデービッド・ケイ氏が今年6月に国連に提出した報告書でも問題視された。
望月記者が自らその問題を菅官房長官に問いただした6月27日午後の記者会見は象徴的だった。
望月記者 「言論と表現の自由に関連してお聞きします。国連のデービッド・ケイ特別報告者がきのう、国連人権理事会に日本に関する報告書を出しました。その中で、記者の批判的な質問に当局者が記者クラブを通じ、公然と反論していることについて、圧力と指摘しています。また、辺野古の抗議活動でも当局の圧力は続いていると批判しています。受けとめをお聞かせください」