大学時代に知り合った1つ年上の夫は、フットワークが軽くてお酒が飲めて楽しい人だった。長い友だち期間を経て20代で結婚。紀子さんは新婚旅行先で倒れて甲状腺の病気が見つかり、一時は実家で静養しながら治療していた。だが、親は介護や持病があり、頼れない。子どもがほしかったこともあり、夫の転勤に付いていった。

 治療を続け、2人の子どもに恵まれたが、産後は紀子さんの体調が悪化。さらに合併症の難病を患い、日常生活が困難になった。それでも夫は仕事中心の生活を一切変えず、相談にさえ乗ってくれない。自分でヘルパーを手配し、検査入院のときにはまだ小さかった下の子を乳児院に預けた。何かがおかしい、と思い始めた。

 初めて身体的な暴力を受けたのは、下の子がまだ赤ちゃんだったころ。昇格試験のため土日も費やしていた夫に、試験が終わったら半日でいいから自分の時間が欲しいとお願いして迎えたその日だった。趣味の乗馬を予約し、家を出ようとしたときに子どもたちがグズり始めた。

「やっぱり今日はキャンセルしよう」

 紀子さんが言うと、夫は

「そんなことしなくていい!」

と大声を出し、紀子さんの右頬を拳で殴った。その勢いで倒れ、食卓に準備していた離乳食やミルク、昼ごはんが床に飛び散った。何が起きたのかわからなかった。泣きながら片付け、子どもたちを公園に連れて行った。しばらくして、公園にやってきた夫は何事もないような顔でこう言った。

「鍵、忘れてるよ」

 ゾッとして、恐怖で体が固まった。家に帰ってからしばらくは、話そうとしても言葉が出なくなっていた。

 数日後、あまりの痛みで整形外科に行くと、頚椎捻挫と顔面打撲、全治2週間のけがだった。おそらく骨折もしているだろうということだったが、小さな子を抱えて検査に行くのは難しいと断った。

「奥さん、通報しますか?」

 医師に言われてハッとした。ああ、自分はそういう状況にいるんだ。夫は職場での評価が高く、同世代の中でも出世頭。閑静な住宅街に住んでいた。家に警察が来たら、ご近所さんに何て言えばいいのか。そんなことが頭の中で渦巻いて、躊躇した。

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夫はゴミ箱、洗濯物まで“監視”