今年もすでに多くの訃報に接したが、特に個人的に感慨深く、一報を聞き思わず黙とうを捧げたのが、『噂の真相』の編集長兼発行人だった岡留安則さんのそれだった。
私はさんざん誌面にいろんな切り口で取り上げられた。中でも一行情報という頁の左右にあった怪しい欄には何度も登場し、グラビアや特集記事にも数度取り上げられた。特に死んだトウチャンとは出会いのときから「無頼派作家白川道に新恋人。年下女性編集者と白昼堂々デート」のような見出しで西麻布の路地で腕をからませて歩く姿を盗み撮りされたのは一番の驚きだった。結果、これが私の記念すべき「ウワシン」デビューとなるのだが、いつの間に、という感じでまったく気づかず、付き合い始めてほどなくその記事が載った時は「さすがはウワシン」と舌を巻いた。ほかにも「中瀬ゆかり女史、西麻布の交差点で熱烈キス」「中瀬編集長、網タイツで泥酔、大暴れ」のような虚実ないまぜになった、どうでもよい一行情報には怒るというよりは、苦笑しかなかった。
毎月必ず読んでいた刺激的な雑誌だ。虚実ない交ぜで、飛ばし記事も多かったが、広告に頼らず、1979年の創刊から2004年の休刊まで黒字のまま、時代の趨勢とともにその役目を終え、日本の雑誌界に鮮やかすぎる足跡を残したのは間違いない。中には大手マスコミが後追いするようなスクープもあった。独特のネタ元・取材力を誇った当時の記者たちもその後、各方面で活躍している。
そして、当の岡留さんとは2回だけだがかなり強烈な形でお目にかかったことがある。1回目は酒場で、もう1度はホストクラブという奇妙な場所。岩井志麻子や西原理恵子と一緒という、岡留氏にとってはまさに気の毒としかいいようのないシチュエーションで、あんなにタブーに挑戦し権力に屈さないことを標ぼうしていたコワモテ編集長が「いや…この3人に囲まれるのはちょっと…コワイ、コワイよぉ」とおびえていたのを思い出す。