当時は「それなら、このままでいいのかな」と思っただけでしたが、それを思い出した今、激しく怒りがわいてきました。
「あなたには、自分ってものがないの?」
優しくされているのも、愛されているのも事実ですし、そのことは琴美さんもよくわかっています。だからこそ、無意識のうちに抑え込んできた気持ちです。
このことを契機に、涼太さんも少しずつ自分はどう感じているのかを意識し、少しずつですが言うようになりました。それは涼太さんにとっては、大きなチャレンジです。
ほどなくセックスレスは解消したそうですが、琴美さんはまだ、涼太さんが自分のことを語ったり、イニシアチブをとったりしてくれないことが不満です。それに対して、涼太さんは、
「そんなこと言われても、分からないものはわからないし、そんなに急には変われないよ」
と言いました。琴美さんは間髪を入れず、怒りの反論をぶつけようとされたので、私は遮って、
「そういう風に、涼太さんに自分のことを語って欲しいのですよね?」
とお聞きしました。琴美さんは、はっとされて、「ああ、自分が欲しいのに手に入ってなかったのはこれなんだ」と気づいたと言います。と同時に、涼太さんが自分の思い通りでないことに怒りを感じたことにも気付いたそうです。
琴美さんは、
「私って、業が深いですね」
と言いました。
涼太さんは自分のことを語ってくれたのです。そしたら怒りが生じました。涼太さんが自分のことを語りつつ、涼太さんの思い通りであるというのは、涼太さんが琴美さんとは違う人間である以上不可能なことなのです。その両方を求めていた自分に気付いて「業が深い」とおっしゃいました。
私は、「業が深いととらえるよりも、二つの天秤が必要です」と申し上げました。
それは、矛盾しているかもしれないけど両方のニーズがあるのは事実なのだから、2つのニーズにどうバランスをとるかという自分の中の天秤。そして、涼太さん側のニーズなど2人の関係でどうバランスを取るかという二つ目の天秤。これらを調整して一緒にやっていけるところを見つけるのがポイントなのです。
勇気をもって、浮気を告白したことから、お二人はより親密な関係に近づくことができたようでした。(文/西澤寿樹)
※事例は事実をもとに再構成しています