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 彼は昨年の夏、海外に赴任していった。

 これに先立ち、我が家まで会いにきた。

 とはいえ真面目な話はちょっぴりで、ほとんどはくだらない話。つまりはいつも通りの彼であり、私だった。「最近、何か書いてますか」という。あんなふうに背中を押しておきながら、その後にデジタルで書き続けていることに気づいていない。実に彼らしかった。

 別れ際、近くのコインパーキングに止めてあるという車まで見送った。「じゃ、ぼくが記事を書いたら読んでください」と彼が右手を差し出してきたから「俺のも読んでね」と握り返した。

 彼は車を出すと、追い越しざまに窓を開けてひとことふたこと言った。湿っぽいのはお互い「らしく」ない。右手をちょっと上げて返した。

 ただの「失礼します」だったか、「また来ます」だったか。遠く米国のワシントンに飛び立った土佐茂生記者の最後の言葉は覚えていない。

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