こうした実体験を下地にした課題は、「お母さまが作った料理で何が好きか?」という、どの家庭も答えを準備するような面接の定番質問と違って、日ごろから子どもが台所に立つ習慣がなければ、本番でとても応用がきかないという。
「合格はしたいけど、自然な子どもらしさを失わせたくなかったので、できるだけ塾に頼らずに、幼稚園から帰った後と土日のほぼ毎日、自宅で息子と料理に取り組むことにしました。自立を促すために、息子が一人で作ることができるような工程を短くレシピにまとめ、その日に何を作るかも本人に選ばせました」
■レンコンの「スタンプ」で断面図を学んだ
「お受験」に挑む親なら誰もが、子どもに前向きに取り組ませることに苦心する。だが、武田さんの長男にとって、料理は目を輝かせる遊びだった。武田さんは、その遊びの先に、ほんの少し、学びの視点を取り入れることを意識した。
「息子は料理となると、ワクワクして、驚くほど集中して話を聞いてくれます。大好きなミカンゼリーを作るうちに、秤りの目盛りの見方や、重さや数の概念を理解できるようになりました。レンコンやオクラをスタンプにする造形遊びで野菜の断面図を学びましたし、梅シロップやお月見団子を作って、季節ごとの風習も自然と覚えていきました。手順通りに作って食べておしまい、ではあまりにもったいなくて、ひとつのレシピから派生してたくさんのことを吸収できるようにも工夫しましたね」
たとえば、バナナマフィン。バナナの実は緑色で、木ではなく、重なり合った葉の上に房状に実ること。皮には褐変という作用があり、爪楊枝で傷をつけて絵や字を描けること。アンディ・ウォーホルという人が描いた有名なアート作品があること……。長男の関心を広げようと、武田さんはさまざまなことを伝えた。
「子どもの興味はどこに引っかかるかわかりません。料理は、『好きの芽』を発見するきっかけにもなるんです」
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