■「失敗してもいいよ」という前向きな言葉がけ

 表面的な知育に流されないように、「言葉がけ」にも心を砕いた。

「たとえば卵を割るときは、まず、冷蔵庫を開けてたくさんの卵のストックがあることを見せます。『失敗してもいいよ』と安心させたうえで『大丈夫! できるよ』と励ましました」

 前向きな言葉がけは、子どもの挑戦心を肯定することになり、人間力を養うためにも大切だと、武田さんは考えたという。

「チーズケーキを作ろうとして卵を半分こぼしてしまっても、残った卵に牛乳を足してチーズプリンにすればいい。何個も失敗したなら大きなオムライスに使えばいいんです。失敗は、次の行動や捉え方次第で成功につながる、ということを何度も何度も伝えました」

 もともとおっとりしていて、積極的な性格ではなかった武田さんの長男も、小さな成功体験を繰り返すうちに失敗しても堂々といられるようになったという。

「子どもは親や先生など信頼する大人の口癖をスポンジのように吸収するので、プラスの言葉がけは、ペーパーテストでは測れない息子の人格の土台になったと思います」

■当初は「イライラ」の連続だった

「危ない」「こぼさないで」と、つい言ってしまいがちだが、料理の主役はあくまで子ども。親は覚悟を決めて、子どもに任せることが肝心だ。プロである武田さんでさえ、わが子が台所に立ち始めた当初は、イライラの連続だったという。

「幼い子どもとの料理は、準備も片付けも手間が2倍、3倍かかります。毎日取り組むことができたのは、小学校受験というゴールがあるからこそ」と、武田さんは振り返る。

「受験が終わるまで絶対に叱らないと決めていたのですが、苛立ちがつのったときは、息子から見えない部屋にこもって、自分の気持ちを落ち着かせたこともありました。本命校の考査前はもう、祈るような気持ちで息子と台所に立っていました」

 小学校受験の本番。複数の併願校の面接試験で、試験官から得意料理について聞かれた長男は、ホワイトソースの作り方を熱心に伝えた。武田さんが火を使わずに電子レンジで簡単に作れるように考えたレシピだ。さらに、第1志望の学校の入試では、自由に遊ぶ時間のなかで、グラタン作りの絵を描いたという。

「本命校に合格したときは、心からほっとしました。親は極力手を出さずに、そばで見守るという点で、子どもとの料理は、子育てそのものと言えるのかもしれません」

(文/曽根牧子)

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