法整備が進む海外と異なり、日本では、法律も、業界団体などの自主ルールも整備されていない。遺伝性がんのリスクがわかると、結婚就職時に難色を示されたり、保険契約もできなかったり、といった差別を受ける可能性がある。22年4月、日本医学会と日本医師会は、国や事業者などに向け、差別や社会的不利益を防ぐ早急な対応を求める声明を共同で発表した。

 この共同声明には、保険商品の取り扱いでゲノム情報による差別が起きないよう、保険会社に開かれた議論を行った上で「自主的な方策」づくりを進めるよう求める内容が含まれる。

 それに対し、生命保険協会と日本損害保険協会は5月末、同日に声明を発表。両団体とも「人権尊重を基本とした取扱」を行い、「遺伝学的検査結果の収集・利用は行っていない」と現状の認識を記すのみで、求められていた自主規制の取り組みについての記述はなかった。

「今後もゲノム医療が進んでいきますよね。遺伝情報に起因して悲しい出来事が起こらないよう、差別はいけないと歯止めをかけるルールづくりが、今、必要だと感じています」(太宰さん)

 全国がん患者団体連合会理事の桜井なおみさんは、国会の超党派議員連盟「国会がん患者と家族の会」にもかかわり、この課題に取り組む。自身も乳がんの経験者。19年に開かれた総会では、議連が作った大綱案で差別防止に向けた具体的な法律案のイメージは示された。だが、国会への提出には至らなかった。桜井さんは、今回の保険業界の対応について、こう指摘する。

「今回は医療者宛ての声明でした。当事者である患者に宛てて、具体的な対策を示していただきたかったですね。今後は、限られた人ではなく、多くの人にとって遺伝情報がリアルに自分ごとになっていく。ゲノム医療を進めることと差別を禁止する取り組みとは『車の両輪』。対策はもう待ったなしの節目にきていますよ」

(ノンフィクションライター・古川雅子)

AERA 2022年7月11日号より抜粋