太宰牧子(だざい・まきこ)/2011年に乳がんと診断後HBOCとわかる。19年に卵巣・卵管のリスク低減手術を受け、早期の卵巣がんと診断される。ゲノム医療当事者団体連合会代表理事(撮影/大野洋介)
太宰牧子(だざい・まきこ)/2011年に乳がんと診断後HBOCとわかる。19年に卵巣・卵管のリスク低減手術を受け、早期の卵巣がんと診断される。ゲノム医療当事者団体連合会代表理事(撮影/大野洋介)

 遺伝子検査技術の発展で、発症を予防し、最適な治療も模索できるようになった。朗報の一方で、社会の理解が追いついておらず、当事者たちは差別や偏見、社会的不利益を被るリスクも抱えている。AERA 2022年7月11日号の記事を紹介する。

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 6月、路地を歩く太宰牧子さん(53)は東京・代官山駅に近い建物を指さした。

「ほら、近いでしょ? 訪れたら晴れやかな気分で買い物でもしながら家路についてもらおうと、当事者が集まる会の事務所は駅近にこだわったんです」

 太宰さんが2014年に設立した「クラヴィスアルクス」のことだ。ここには「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」の本人や家族が全国から訪れる。HBOCは遺伝性のがんの一つで、日本人全体では約400人に1人(約9万人/年)いると言われる。

 米国の俳優アンジェリーナ・ジョリーさんもHBOCで、13年に両方の乳房を、15年には卵巣・卵管を予防のために切除する手術を受けた。日本でも今、遺伝子検査を受ける人の数が増えた。

 検査で遺伝性のがんを知り、病気の発症を未然に防ぐ選択肢ができたことは、家族に既往歴があるなど心配を持つ人たちにとっては朗報だ。だが、当事者を取り巻く社会には課題が山積している。その一つに差別や偏見がある。

 太宰さんは、11年に乳がんを発症し、HBOCと判明。乳がんの手術と抗がん剤治療を受けた後、19年に予防のため卵巣・卵管の手術を受けている。太宰さんのように実名で遺伝性のがんを公表する人はポツポツと出てきたが、今も会には、「遺伝性のがんだと誰にも話せていない」という人が多いという。太宰さんは以前、患者同士の会話で自身がHBOCだと話し、返ってきた言葉は「かわいそうね」。子どもがいないと伝えると「よかったわね」とも言われ、危機感を覚えた。

「こんな偏見の目があったのかと。予防の選択肢があっても、社会の理解が追いついていないと感じます」

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