気候危機によって、凍土のなかに閉じ込められていたウイルスが拡散するという問題もある。すでに2016年にはトナカイの死骸から炭疽(たんそ)菌が広がり、70人以上が感染する事件があったし、マンモスの死骸から未知のウイルスも発見されている。それ以外にも、シベリアでは山火事、さらには、15年間で400人以上が亡くなっている洪水など、自然災害リスクも増大していく。極北の地のこうした急激な変化やリスクを抑え込むことが今後ますます難しくなる。

 そうしたロシアに壊滅的な最終打撃として加わると予想されるのが、夏の干ばつによる小麦の生産量減少だ。ロシア南部は2010年に干ばつに見舞われたが、気候変動が加速化するなか、それ以上の事態も当然、危惧される。ソ連時代の飢餓の記憶がプーチンを襲う。

 だからこそ、昨年の主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、二酸化炭素排出削減を西側から求められたプーチンは、「ロシアの方がG7よりも削減している」「ロシアは砂漠化、土壌侵食、永久凍土融解といった複合的脅威に直面している」と危機感をあらわにしたのだ。

■プーチンのジレンマ

 要するに、ロシアも気候危機への適応を迫られている。だが、ここには深刻なジレンマがある。自分たちの経済を支えている化石燃料を手放すことを、プーチンはできるだけ遅らせたい。当然、自らの影響力が低下するのも避けたいだろう。だが、脱炭素化を遅らせれば、自分たちの社会が瓦解(がかい)し、ロシアそのものが失われてしまうかもしれない。

 このような厳しい状況だからこそ、プーチンの一挙手一投足は気候危機とは切り離せない。ウクライナへの侵略も、気候危機への適応戦略の一面があるとみるべきなのは、そのためだ。

 だが、エネルギーシフトを行い、欧州や中国が牽引(けんいん)しようとする「緑の資本主義」への適応を目指しさえすればロシアも中国のようになれるのか、という問題がある。それが難しいのは、プーチンもわかっている。中国は、脱炭素化に対応できる技術力を身につけているが、一方、ロシアにはそのような技術開発を進める力はおそらくない。そうであるとすれば、脱炭素化を目指す場合、旧来の原子力を使うという道しかない。そのような原子力への強い執着は、今回の戦争でロシアが原子力発電所を攻撃し、奪取した事実にも表れている。

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ウクライナは「ヨーロッパの穀倉地帯」