オーラを消したマット
あごひげと野球帽姿でオーラを完全に消したマット・デイモンの演技も素晴らしい。実は監督は俳優でもある。
「自分が俳優であることのメリットはあると思います。俳優の言語を理解できるので、コミュニケーションが取りやすい。俳優のいいところを引き出そうと取り組むことができる。ただ、ときにそれが楽しすぎて、監督としての他の作業がおろそかになることもありますが(笑)」
手がける作品には、社会的で弱者に寄り添う視点が多い。
「私は俳優になる前から読書と旅行が好きでした。世界中を一人で旅し、そこで人を観察し、国の状況を知り、洞察する。そんな旅を通じて学んだ経験を最初は俳優として表現し、次第に脚本を執筆するようになった。すべては繋(つな)がっています。結局、作品は私という人間の延長なのです。自分の関心や情熱を注げるもの、共感できるもの、それがそのまま映画になっている」
バイデン政権となった今の米国をどう見ているのか。
「いまはまだ変化の過渡期だと思います。2年前に比べると毒気は抜けたけれど、分断し、壊れてしまった状況は確実にそこにある。ビルが映画で言うセリフがいまこそ響きますね。『もう、以前と同じ景色ではない』と。私もいま街に出て、目にする景色に同じことを感じます。まさに現在進行形な変化がアメリカでは起きているんです」
(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2022年1月24日号