娘の無実を晴らすため異国の地で真犯人を捜そうとするビル(マット・デイモン)。その行方は──。全国で公開中/photo (c)2021 Focus Features, LLC.
娘の無実を晴らすため異国の地で真犯人を捜そうとするビル(マット・デイモン)。その行方は──。全国で公開中/photo (c)2021 Focus Features, LLC.

 新作サスペンス映画「スティルウォーター」を手がけたのは社会派ドラマの傑作を生み続ける米国のトム・マッカーシー監督。今回の作品も社会への深い洞察を示しているという。AERA 2022年1月24日号では、1月14日から全国公開中の同作品について取材した。

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 タイトルの「スティルウォーター」は米オクラホマ州の都市の名前。この街に暮らす労働者のビル(マット・デイモン)は一人娘に会うため、仏マルセイユに向かう。彼の娘は留学中に事件に巻き込まれ、有罪判決を受けていた。無罪を証明するため、ビルは異国で調査を始める。実事件に着想を得ているが、物語はフィクションだ。マッカーシー監督(55)はいう。

「最初はスリラーとして下書きを始めたのですが、深みや人間性に欠けていると思い、そのまま7年ほど寝かせていました。再び取り組もうと考えたとき、私がフランスでトップだと思う二人の脚本家、『ディーパンの闘い』のノエ・ドゥブレと、『預言者』のトーマス・ビデガンに連絡を取ったのです」

オクラホマでの学び

 共同脚本によって生まれた本作は、確かに3本分の映画が詰まったような充実感がある。サスペンスフルな展開に、米国の労働者層の困窮や苦悩、移民問題、ジェンダー、差別──。現代が抱える問題を幾重にも織り込んだ。脚本の再構築中にトランプ政権が誕生し、世の情勢は大きく変わったことも大きい。

「国が分断していくのを世界中が目撃しました。道徳的な権威も失墜した。しかし多くの国民が『アメリカファースト』を信じた。これは農村や僻地(へきち)からの助けを求める声を、政府やビジネスエリートが聞き入れてこなかったことの反発のようだと感じたのです」

 この視点が、ビルの人物像を深める一助になった。

「当初、マットと私はビルのキャラクターを油田で働く一般的な労働者というイメージで捉えていました。しかし撮影前に二人でオクラホマに行き、実際にビルのような労働者たちに会ったことで、大きな影響を受けました。彼らがどんな人生を経てきたのかを聞くことで、貴重な学びを得たのです。それはキャラクターを構築するだけでなく、映画全体を構築するための大きな指針となりました」

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