「ナイストライ」の文化

──お二人とも起業した経験をお持ちです。その頃はシード段階のベンチャーに投資する人などいませんでした。

孫:エンジェルどころかベンチャー投資家もいません。株式上場の手前まで行った段階で投資してもらうのがやっとでした。だから独自のサービスがやりたくても、(ソフトウェアの)受託開発などで少しずつお金を貯めていくしかなかった。自分も大変な思いをしました。一方、2010年ごろはシリコンバレーですごいスタートアップがどんどん生まれていた。うまくいかなくても投資家からはナイストライと評価され、ある程度、失敗した起業家が信頼される。中国系、インド系の起業家が故郷へ錦を飾るみたいな話もたくさんあって。素敵なカルチャーだと憧れていました。

 その頃、シリコンバレーの老舗ベンチャーキャピタル(VC)の創業メンバーと話す機会がありました。80歳近くのおじいちゃんが、VCの成り立ちを教えてくれたんです。その人を含め、半導体大手をリタイアした人たちは結構な額の退職金をもらったんですが「すぐ使うアテもないから投資でもしよう」という話になって、何十人かでお金を出し合った。金融の人たちじゃなくて、事業の面白さや難しさを知った彼らが「お前らも頑張れよ」とエンジェル投資家の役を買って出た。それがオリジンだったわけです。

小笠原:金融の人の立場もある程度、わかるんです。彼らが出資するお金は、預金者や投資家などの他人から預かったお金。万が一にも焦げつかせてはいけない。だからできるだけ「成績の良い小学生」に投資したいわけです。お目目キラキラの幼稚園児なんて、投資対象としては危なくてしょうがない。でも僕らが個人で投資するのは自分のお金ですから思い切れる。

 起業家も多少は成長しました。「1億円持ったら、とりあえず1千万円は若い人たちへの投資に回そうか」と考えるようになった。一晩にドンペリを何本も開けてフェラーリに乗って、といったお金の使い方をする人は減りましたね。かく言う僕も30代後半、5年間くらい「夜の人」と言われていました。そんなことのために稼ぐより、他で生きるお金の使い方が、面白いと思うようになった。

(敬称略)(構成/ジャーナリスト・大西康之)

AERA 2021年9月20日号より抜粋