「それを、ひと続きの長い作品として見てもらおうという試み。長さがあり、鑑賞者の目が留まってしまう文字による説明が作品内にない鳥獣戯画だからこそ、できたことでしょう」(古川さん)

 目玉である動く歩道のほか、4巻ある鳥獣戯画の全巻が集結し、会期を通じてすべての場面を見られる初の機会になるという同展。今回、この記事の案内人を引き受けてくれた漫画家のこうの史代さんは、こう話す。

「これまで登場するキャラクターのかわいさや、楽しい雰囲気に目が向けられることが多かった鳥獣戯画。今回の展示を見て、ストーリーの妙や、抜けてしまった部分の謎などに、あらためて興味を持ちました」

 大ヒットした漫画『この世界の片隅に』でも知られるこうのさんは、実は鳥獣戯画とも縁がある。学生のころから、妹にもらった鳥獣戯画の画集を、折に触れて筆で模写してきた。

「鳥獣戯画に限らず、これ、いいなあと思う絵を見つけると、つい模写したくなるんです。最初に模写した場面ですか? 甲巻に出てくるウサギの水浴びのシーンだったと思います」

 模写こそ、漫画家の物の愛(め)で方の一つだという。18年に出版した4コマ漫画『ギガタウン 漫符(まんぷ)図譜』(朝日新聞出版)(以下、ギガタウン)の登場キャラクターである、お調子者のウサギ「みみちゃん」、変わり者で優等生のカエル「あおい君」、頑張り屋のサル「きい子ちゃん」などは、そうして模写してきた鳥獣戯画の登場キャラクターがモチーフになっている。鳥獣戯画の原画同様、筆で描いたユニークなコミックとなった。

■カエルの息の「漫符」

 またギガタウンは、現実では見えないものの、漫画やアニメでそのシーンを表現するために描かれる「漫符」と呼ばれる記号の事典にもなっている。例えば、昔から漫画やアニメに出てくる、気絶した人を表現するときの頭の上をぐるぐる回る星などが有名だ。

 こうのさんにはそもそも「漫符の事典を作りたい」というプランがあり、だとしたら登場人物は、漫符を生かすためにあまり表情のない動物などにしようと考えていた。そんなとき、たまたま見た新聞に載っていたのが、鳥獣戯画展の案内。漫符事典の登場キャラクターに、鳥獣戯画のキャラクターをキャスティングすることが決まった。

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平安から鎌倉時代の作品