続く乙巻は、日本の身近な動物から、当時の人が見たこともない「麒麟(きりん)」などレアな動物が数々登場する図鑑のような趣向。

「何となく、甲巻と同じ作者かなと思います。しかしこの巻だけ、図鑑という別の趣旨を持っていることがうかがえます。作者は生きている動物を観察して、見たことのない動物の動きは想像で補いながら、躍動感を一生懸命伝えようとしています」

 一方、甲巻と共通点が多い丙巻は、動物で描いた甲巻のシーンを人間に置き換えたように見える部分も。また、紙の表裏に描かれていたものを、薄くはいで、つないで1巻にしていたことも明らかになっている。

「もともと丙巻が好きですが、今回も一番長く見入ってしまいました。甲巻という優れた先人に乗っかった安心感から、お茶目さがより濃くなっています。何より、描かずにいられないという情熱のようなものがまぶしくて、『こうありたい』と憧れます。動物は甲巻のようにかわいくないけれど、ほかの巻より要素は盛りだくさん。好きなだけ紙を使えた甲巻や乙巻と違って、とにかく描きたい気持ちありき。それが紙の両面づかいに走らせたのかもしれません」

 最後の丁巻は、筆遣いの粗さから、現場をスケッチして写真代わりに人に伝えたか、即興で絵を描く“ライブイベント”などで、観客に向けて描いて見せたものとの説もある。

「描いているところを見ているギャラリーがいて、すごいね、上手いねと、盛り上がりながら描いた絵のように思えます。ウマの描き方を乙巻と比べると、かなり描き方が洗練されているのがわかりますね。漫画として『進化した』ということになるでしょうか」

■気難しいが絵は上手い

 一見雑に見えるものの、人物やモチーフの大きさなどが正確に把握されていて、画力の高さも見えるとか。

「もし現代にいたら、4巻のなかでいちばん『天才』と言われやすいタイプかと思います。気むずかしそうだけど、描くことで周りと関わって、喜んでもらいたいという思いがあふれていますよね」

 鑑賞法のおすすめは、実物を見る前に、入り口付近の大画面やレプリカで、それぞれの流れを意識しておくこと。

「特に甲巻は、1枚続きの紙で作品の流れが見られる貴重な機会。散逸した部分に対する展示も多くあります。興味あるポイントを見逃さないように、予習してから動く歩道に乗るのがいいですね」

 こうのさん自身は、抜けているパートにどんな場面が入るのか妄想するなどして、

「自分だけの鳥獣戯画のストーリーを作る楽しみが増えました」

 誰でも知っている。でも実は誰も知らない。そんな自分だけの鳥獣戯画に会いに行こう。(ライター・福光恵)

※AERA 2021年5月3日-5月10日合併号