「600年の歴史が消えていく」 震災後、住民が去った宮城・雄勝にフラワーガーデンを造った理由 (1/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「600年の歴史が消えていく」 震災後、住民が去った宮城・雄勝にフラワーガーデンを造った理由

川口穣AERA#AERAオンライン限定
2017年、オリーブの植樹作業をする徳水博志さん。17年から栽培を始めたオリーブは、既に搾油をするまでになった(徳水さん提供)

2017年、オリーブの植樹作業をする徳水博志さん。17年から栽培を始めたオリーブは、既に搾油をするまでになった(徳水さん提供)

徳水さん夫妻が整備する「雄勝ローズファクトリーガーデン」では、花期になると1万本もの花が咲く(2020年6月、徳水さん提供)

徳水さん夫妻が整備する「雄勝ローズファクトリーガーデン」では、花期になると1万本もの花が咲く(2020年6月、徳水さん提供)

大きく実ったオリーブの実。オリーブの6次産業化による産業創出を目指す(2020年10月、徳水さん提供)

大きく実ったオリーブの実。オリーブの6次産業化による産業創出を目指す(2020年10月、徳水さん提供)

 震災10年。震災後、命をつないだ被災者たちが直面したのは住まいを巡る難問だった。津波による住居喪失は、街からの人の流出を引き起こした。被災三県の沿岸自治体で震災前より人口が増えているのは仙台市とその周辺だけで、ほとんどの自治体で急速な人口減少が進んでいる。そんななかでも、地域復興のために力を尽くす人を取材した。

【花期になると1万本の花が咲くという徳水さん夫妻が整備するガーデンはこちら】

*  *  *
 宮城県石巻市の中心部から、車で約40分。市北東部に位置する雄勝半島の入り口に「雄勝ローズファクトリーガーデン」はある。群青の雄勝湾と深い山の緑に挟まれたその地には、初夏の花期になると1万本もの花が咲き競う。

 徳水博志さん(67)の妻が、津波で亡くなった母の供養のために植えた一輪の花が始まりだった。以来、年間千人を超えるボランティアが口コミで集まり、整備を進めてきた。そしてその奥では、徳水さんが育てるオリーブの木々が風に揺れている。

 2011年3月11日、雄勝町は高さ16メートルを超える津波に襲われた。

 最大遡上高は21メートルにもなった。ローズファクトリーガーデンから湾沿いに続く低平地には震災前、住宅や商店が立ち並び、約350世帯が暮らしていた。だが、津波で街は全壊。周囲は災害危険区域に指定され、人が住むことはできなくなった。

 いま、徳水さんらが進めるのは、そんな「人が住めない」海沿いの低地を利活用して交流人口の増加と生業創出を目指し、復興につなげる取り組みだ。当初、行政側は低平地の利活用方法として企業誘致を目指してきたが、移転予定の企業が倒産し、頓挫した。代案として浮上したのが雄勝の玄関口を花と緑で彩る「雄勝ガーデンパーク構想」だ。徳水さん夫妻のファクトリーガーデンは、その中核施設に指定されている。

 ガーデンから徒歩10分ほどの距離に市が整備する雄勝地区の「拠点エリア」を結ぶ観光コースをつくったり、車で5分の位置にある旧大川小学校校舎(震災遺構)をつなぐ防災教育コースをつくったりして交流人口の増加を図る。さらに、「北限のオリーブ」と名付けたオリーブの六次産業化によって雇用創出を目指すという。オリーブは果実だけでなく、果汁や葉、枝にいたるまで活用でき、「オリーブハマチ」のようにオリーブを餌にした養殖魚のブランド化も事例がある。

「生業がなければ、たとえ故郷でも暮らしていけない。600年の歴史がある雄勝を後世につなげるための取り組みです」(徳水さん)


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