政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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世界中でコロナ禍が猖獗(しょうけつ)を極め、日本でも既に感染者数は累計で4万人を上回っています。確かに重篤者や死者の数は急激な伸びを示しているわけではありません。しかし、感染経路が辿れない市中感染が不気味に拡大し、サイレント・スプレッダー(沈黙の感染拡大者)がどこにいてもおかしくない状況です。
日々、表示される新規感染者数の増減に一喜一憂する必要はないにしても、果たして日本は感染拡大をアンダーコントロールに置けているのか、それとも制御不能の瀬戸際にあるのかと、気が気ではないはずです。
他方、隣の韓国では、8月6日現在でも新規の国内感染者数は40人前後です。PCR検査を中心とするテストとトレース(追跡)そしてトリート(隔離と療養)が、それなりに成功を収めていると言えるでしょう。
日本でも韓国が実施した防疫システムとほぼ同じようなシステムの導入とその運営の必要性が叫ばれています。にもかかわらず、日韓の間に感染拡大防止に向けた積極的な相互協力は不発のまま、日本では韓国へのアレルギーのためか、欧米との比較は盛んでも、隣国をモデルケースにすることには強い拒否反応があるようです。他方、韓国でも日本の自治体への防疫資材の提供を図ろうとした、韓国内の自治体の長に対する強い非難の声が上がっています。
確かに、元徴用工問題に端を発する日本企業の差し押さえ資産の売却へのカウントダウンが始まったことは由々しい事態です。ただ、実際に売却が実施されるまでには、鑑定→命令→通知→競売→配当のプロセスを経ざるを得ず、半年から1年の時間を要するはずです。その「猶予期間」の間に、感染拡大阻止に向けて日韓相互の連携と協力が進めば、最悪、国交途絶の瀬戸際にまでエスカレートしかねない国民世論の軟化と和解への具体策が見つけられるのではないかと思います。
コロナ禍が拗(こじ)れ、感染防止も経済回復もままならなくなることは、事実上の「敗戦」にも近いダメージをもたらしかねません。甚大なダメージを避け、コロナ後の米中対立の激化に共に備えるためにも、日韓両国の和解は不可欠です。
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2020年8月24日号