矢部のフェミニンな音楽性を象徴するのが、彼自身のソロ・プロジェクト「MUSEMENT(ミューズメント)」だ。2007年に始動したこのユニットに、鈴木祥子、安藤裕子、長見順ら多くの女性アーティストをゲストに迎えている。自ら曲を作るだけでなく、プロデュースもこなしてしまう多才さを見せつつ、女性の色気にも似た香(かぐわ)しさをポップな曲の中に込めることができるセンスも持ち合わせる。女神を意味するミューズと、遊びを意味するアミューズメントとを重ねたようなユニット名からも、矢部が女性ミュージシャンから多くのインスピレーションを得ていることが伝わってくる。

 そんな矢部が病気で入院していることを知った仲間たちが、矢部の持ち曲を取り上げる形で支援したオムニバスが「HIROSHI YABE SONG BOOK~矢部浩志カバー・アルバム」だ。

 参加しているのは全16組。ラインナップを見て、やはりパッと目につくのは直枝政広と大田譲に、かつてのメンバーも加えた形の「カーネーション」(with 棚谷祐一、鳥羽修、張替智広)、「ムーンライダーズ」の鈴木慶一が岩崎なおみと組んだ「naomiche and keiiche」、同じく「ムーンライダーズ」の「鈴木博文+emma」など、矢部の活動初期からの仲間たちだろう。

 鈴木慶一、岩崎なおみと矢部はバンド「コントロヴァーシャル・スパーク」で今や一緒に活動する同志でもある。その「コントロヴァーシャル・スパーク」からは「Konore+konken(近藤研二)」の2人もこのオムニバスにはせ参じた。「カーネーション」によるセルフ・カバーのような体となった「魚藍坂横断」(2004年「SUPER ZOO!」収録)と、鈴木慶一らによる「naomiche and keiiche」の「USED CAR」(2003年「LIVING/LOVING」収録)は特に圧巻の仕上がりだ。

 矢部の活動をリスナーとして追いかけてきた後輩世代も多数参加している。その中では、「サニーデイ・サービス」の曽我部恵一、澤部渡によるユニットの「スカート」、「カーネーション」のサポートもつとめる佐藤優介らの参加が注目だ。それぞれ好きな曲をチョイスしたそうだが、若い世代が選ぶ曲のいくつかが矢部のソロ・プロジェクトである「MUSEMENT」から選ばれているのも興味深い。

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