それは「施設で穏やかな最期を迎えたい」と高齢者本人も家族も気持ちが固まっているケースでも起こりうる。高齢者は尿路感染症などで発熱することも珍しくない。だが、家族や介護職員が「コロナかもしれない」という不安で動揺してしまう。

「もちろん、検査しないとわかりません。けれど、看取りケアの鉄則はむやみに『受診』『検査』『入院』をしないこと。病院に搬送され、人工呼吸器などを装着することになったら、穏やかな最期を迎えたいという希望が叶えられなくなってしまいます。だからこそ揺らぐべきではないのですが、現場はすごく悩む」

 現場の負担は悩みだけではない。感染対策で介護職員の負荷自体が増えている。AERAが行ったアンケートには、「マスクしながらの入浴介助が、暑さと息苦しさで一番つらい」との介護職員の声も寄せられた。

 高口さんは介護の本質は「一人ひとりの違う人生と生活を守る」ことにあり、「一度に」「全部」「完璧に」を求めないことだという。求めれば無理が生じ、目的を見失いやすくなる。入浴介助でのマスク着用も一例だ。

「無理をすれば、感染予防の前に職員が倒れてしまいます。そもそも入浴中はあまり話をしません。脱衣室で『おばあちゃん、下着ですよ』『服着せますよ』と声をかけなければならないこともありますが、そのときにマスクをつければいいのでは」

 前出のレジデンシャル百合ヶ丘では、入浴介助時はもちろん、施設内で職員にマスク着用義務はない。通勤時に使ったマスクは施設に着くと取り替える。

 高橋さんは言う。

「私も施設内ではマスクをつけません。施設内にウイルスを持ち込まず、きれいな状態に保っていれば、マスクはいらないはずですから」

 高橋さんは、「新しい生活様式」に気をとられ、ケアが無味乾燥になってしまうのでは、介護のあるべき姿を否定することになると言う。

「大切なのはその人のその人らしさ、個別性を重視したケアです。3密を気にしていたら、介護は成立しません。車椅子からベッドへの移乗介助も体を密着させなければできない。食事介助も横並びは無理なんです。飲み込んでいるかをよく確認して食べてもらわないと、誤嚥の危険があります」

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