ここでの日々は晴れた日には森で山菜を摘んだり、雨の日には家で絵本やイラストレーションの仕事をする。そして私がもっとも多くの時をすごし大切にしているのがお墓掃除の手伝いだ。ともにお墓を掃除するのはクリンギット族のボブ・サムさん(66)。クリンギット族はシトカに暮らす先住民族で、彼はこの民族に古くから伝わる神話の語り部をし、先祖が眠る古い墓地の墓守をしているのだ。

 ボブさんが30代前半の頃、住宅開発のために先祖の墓が掘り起こされた。彼はたった一人で墓地に通い、散乱した骨のかけらを拾っては埋めなおした。その行為が街の人々の心を動かし、ついには住宅開発は中止された。以来、ボブさんはこの墓地を30年間ずっと守り続けている。

 そのことを星野道夫さんの著書で知り興味を持ち、最初にアラスカを訪れたとき、思い切って彼に会いに行った。少し緊張しながらボブさんのいる墓地に向かうと、その墓地は小さな森のなかにあり、そこで彼はひとり黙々と草を刈り、墓石を水で洗っていた。

 挨拶を交わすと長身の彼は物静かな印象で、子どものころに読んだ木の精霊を思い出した。墓地の掃除を手伝いたいと告げると、彼は「Strange people(変な人)」と言って、微笑んでくれた。苔むした墓石をブラシでこすると苔の下から名前や100年以上昔の日付が現れて、亡くなったその人物に出会えたような不思議な気持ちがした。

 先祖と深くつながっている彼らは、今を生きる仲間ともつながりあっている。日々の生活の食べ物をシェアすることも、コロナ禍にあっても続けられている。4月にニシンの大群が産卵のためにシトカの海にやってきたときも、海藻などに産み付けられた卵は、皆の手に渡った。私のもとに来た卵は、海に生える木の枝に産み付けられていて、まるでたわわに実る果実のようだった。「私たちは昔から自然の恵みを皆で分かち合ってきた。最も大切なことだ」と、ボブさんはまっすぐにこちらを見つめて教えてくれた。

 自然とのつながり、人とのつながり、命の源である食べ物をシェアすること……。ほんとうに大切なものを守り続けている強さを感じる。(あずみ虫)

AERA 2020年6月8日号