人生100年時代を迎え、高齢になっても引退せずに働き続ける人は増えている。そんな人にとっても、テストステロンがもたらす恩恵は大きい。有料老人ホームオーナーの伊藤繁さん(93)は、3年ほど前から月に2回、テストステロン注射を続けている。今も週4日フルタイムで働き、オーナーとして経営判断をしたり、決裁を行ったりしている。

「前は体の疲れがなかなか取れなかったけれど、今は疲れを感じない。後継者も見つからなくて引退できないけれど、まだまだ元気に仕事ができますよ」

 93歳になった現在も、つえや支えなく歩くことができ、階段の上り下りも問題ない。治療にあたっている順天堂大学泌尿器科教授の堀江重郎医師によると、当初見られた貧血も改善されたという。

 では、テストステロン補充療法にリスクはないのだろうか。獨協医科大学埼玉医療センター准教授の井手久満医師によると、テストステロンには造血作用があり、使用量が多いと血栓の原因ともなる多血症を引き起こす可能性があるという。

 米国食品医薬品局(FDA)は15年、「テストステロン補充により心疾患のリスクが高まる」との警鐘を鳴らした。ただし、これは「米国はテストステロンの使用量が多く、不足していない人までもが補充療法を行っているから」と井手医師は指摘する。FDAの調査では、米国内でテストステロン補充療法を受ける患者数は、09年の130万人から、13年には230万人に増加した。別の報告によると、その多くが本来は補充の必要がない人たちだったという。

「いいことずくめ」と考えがちだが、テストステロン値は高ければいいものではないのだ。

「大切なのは、バランスの取れたテストステロン値を維持するという考え方です。適度な運動や睡眠などの生活習慣を心掛け、それでも不足する分を治療で補充しましょう」(井手医師)

 テストステロン補充療法には、筋肉注射や塗り薬などがある。若くして男性更年期障害と診断された人にも、三浦さんや伊藤さんのように高齢になってテストステロン値が低下した人にも、効果が見込まれる。

 症状が比較的軽い場合は、漢方による治療も一般的だ。補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)などを1日3回、食前に服用する。男性更年期障害の症状全般に穏やかな改善効果があり、副作用も見られない。テストステロン補充療法との併用も有効だという。

 堀江医師は言う。

「テストステロンはゼロになっても直ちに死ぬことはありませんが、一方でQOLや寿命に関わることも明らかになってきています。適切な治療が肝要です」

(編集部・川口穣)

AERA 2019年12月9日号

著者プロフィールを見る
川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

川口穣の記事一覧はこちら