このとき着ていた、腕にレースをあしらったトップスは「メキシコに行った人から27CUC(約2900円)で買った」という。キューバ人の平均的な月給に相当する金額だ。

 昨年末から使えるようになった、携帯電話のネット接続は1GBのデータ量で10CUC(約1100円)もする。
「私の婚約者は愛があれば結婚式はいらないと言うけれど、ウェディングドレスを着てパーティーもしたい。お金と時間がかかりそうだけど……」

 医療と教育、最低限の物資は手に入るが、それ以上を望むとお金がかかる。だが給料は上がらない。こうした社会に不満を持ち海外移住を考える人もいる。

 大学教授の助手をする20代男性はアメリカに移住し、自分の力を試し、稼ぎたいと語る。

「学校で革命家チェ・ゲバラの信念である『搾取をしない』大切さを教えられた。その結果、工場の経営もままならずこのシャツも靴も、輸入品。キューバは自分たちで何もつくれない」

 そう言って肩をすくめた。

 一方で民泊経営をする地方出身の50代男性は、キューバの変化に期待していると話す。

「子どものころ、フィデル・カストロ政権が冷蔵庫など電化製品を支給してくれてその優しさが心にしみた。アメリカに支配されないよう社会主義を保つのは大変だけど、政府はみんなのためにがんばっている」

 男性は最近、ビジネススクールに通い始めた。経理やマーケティングなどを学び、「稼いだお金を投資に回すのも大事とわかった」。半年間教授とマンツーマンで学んだが、授業料は安い。教育への援助を惜しまないのがキューバらしいという。

 若い世代にも、今のキューバを支持する人はいる。趣味は日本のアニメという自営業の20代男性も、「仕事ばかりで終わる人生は嫌。好きなことに時間を注げるキューバがいい」と話す。

 海外でも絶大な人気を誇る伝説のバンド「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」でも活躍したジャズピアニストのロランド・ルナさん(41)は、海外に滞在した時期もあったが、今はキューバで暮らす。

「家族、友達、そして景色と記憶。音楽と同じくらい、深く愛しているものがここにはある」 

(ライター・斉藤真紀子)

AERA 2019年9月16日号