右足切断でも義足なしで迫力のプレー 43歳男性と「アンプティサッカー」の出会い (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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右足切断でも義足なしで迫力のプレー 43歳男性と「アンプティサッカー」の出会い

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藤田幸恵AERA#2020東京五輪
片足でプレーする田中さん(中央)ら選手たち。振り子のような動きでボールを蹴り、クラッチを軸に力強く駆け回る姿は、想像以上の迫力を感じさせる(撮影/藤田和史)

片足でプレーする田中さん(中央)ら選手たち。振り子のような動きでボールを蹴り、クラッチを軸に力強く駆け回る姿は、想像以上の迫力を感じさせる(撮影/藤田和史)

 切断した右足をさらけ出し、相手選手と激しくぶつかり合う。クラッチと呼ばれる杖を軸に、左足だけでボールを追う。2019年5月、田中啓史さん(43)は大阪市鶴見区の球技場でアンプティサッカーの優勝決定戦に挑んでいた。試合終了のホイッスルが鳴ると同時に相手チームから大きな歓声がわき起こり、田中さんはひとり静かに天を仰いだ。

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 アンプティサッカーは、おもに手足に切断障がいを持つ人たちが行う競技。1チーム7人制で、基本的にフィールドプレーヤーは足に障がいのある人が、ゴールキーパーは手に障がいのある人が担当。どちらも義肢を外して片方の手足でプレーする。

 田中さんが右足を失う事故に遭ったのは、アテネ五輪が開かれた04年、12月12日のこと。小雨がぱらつく夕刻、JR京都駅近くの交差点で、当時28歳の田中さんが乗る大型バイクに右折車が衝突した。

「見通しの悪い交差点で、雨も降っていたし滑るようにバイクごと倒れて。あっ当てられたな、と思って右足を見たら、破れたズボンから骨と肉片が見えていました」

 皮一枚で右膝から下がつながっている状態だったが、不思議と痛みは感じなかったという。

「周りにいた人たちが駆けつけてくれたんですが、僕の足を見てみんな言葉を失って。一斉に後ずさりしたのを覚えています」

 搬送された京都第一赤十字病院で検査を受けているあいだも、まだ痛みは感じないまま。麻酔なしで止血されたときにはじめて激痛が走り、叫ぶようなうめき声をあげる。

「先生が来て、『右足の指先の感覚をチェックするから』と言われて。指先をトントンとされてもまったく感覚がないので、このままだと右足を切られてしまうと思いました。なので、『触ってるか触ってないか……うーん、触ってますかねえ?』とごまかしていたら、『ハッキリしなさい!』と叱られて。『わかりません』って泣きながら伝えました」

 結局、右膝から下を手術で切断することに。術後しばらく切断部位を直視できなかったと、田中さんは振り返る。

「抜糸後にお風呂に入ることになって、見ざるを得ないからはじめて見て。うわ、ほんとに足がないわ……というのが率直な感想でした」

 入院中に事故の相手側の両親と本人が病院を訪れ、泣きながら田中さんに謝罪した。


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