課題は床洗いの一人作業。椅子を上げ、ワックスを塗ってという25分ほどの一連の作業を、何度も練習する。前出の言葉はこのときだった。

「上司からは、机や椅子や清掃道具への『気持ちが見えないね。ありがとう、という気持ちを込めた?』と言われたけれど、命がないものに対して、何言ってるの?と、当時は思いました」(新津さん)

 だが、この上司が言いたかったのは、その道具の先にいる「清掃道具を作った人のことを考えたか。雑に使ったら、その人が悲しむ」ということだった。

「考えたこともありませんでした。作った人の気持ちって言われたことで、『やさしさ』の意味に初めて気づきました。当時の私は自分の作業に夢中になるだけで、肝心のお客様という存在に気配りができていなかった。それ以来、お客様や、使う道具にも細やかな配慮をするようになりました。あの一言があったから、いまの私がいます」

 昨年、勤務する会社に新たにハウスクリーニング部門が創設され、さまざまな家庭を訪れる機会も増えた。日常生活では、掃除に対して腰が重いという人も多いだろう。習慣にするにはどうすればよいのだろうか。

「まずは『しょうがないな、やるか』という気持ちを少しずつ、増やしていく。自分を訓練していくんです。『あ、ここ拭いてきれいになったからちょっと休憩しよう』と、休憩したときに、そこを見る。見てまた、『やはりきれいになると気持ちいいよねー』と。『あ、このくらいでいいんだ』と思えれば、また次につながります」

 最初はおっくうでも、掃除は自分の気持ちも上げてくれる。

「自分が笑っていられて、それが循環していくようになる。そこが清掃のいいところなんです」

(編集部・小長光哲郎)

AERA 2019年9月2日号

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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