「家族も家のローンも抱えていたし、自分の年齢で転職は無理だと思っていました。今思えば、自分が力を発揮できる場所はひとつしかないと思い込んでいたのです。あの時の苦しさは、今も忘れられません」

 一方で仕事を通じて地方に通っていた猪尾さんは、深刻な労働人口の減少、そして採用難に苦しむ地方の中小企業の現実を目の当たりにしていた。都市部で働き、優秀なキャリアであるにもかかわらず、自分と同じ悩みを抱え失速していく人材と、この地方の中小企業が抱える課題とを有機的に解決できないだろうか──。2017年、猪尾さんは12年間勤めた会社を退職。起業することになる。現在、地方の中小企業と都市の人材をマッチングさせるサービス作りに奔走。期間や業務内容にもよるが報酬の相場は1日単価2~3万円。月に4日働ければ10万円前後の収入増となる。

 仕事があると都市と地方の2拠点生活は「実現しやすくなる」と猪尾さんは語る。移動と宿泊は雇われた会社の経費。それに、地域に仲間と拠点ができると、仕事だけでなく生活も楽しくなる。仕事を辞めていきなり地方に移住するのはリスクがあるが、副業であれば会社を辞めずに、今の会社以外で自分がどう役に立つかを確かめることができる。

「最悪、本業がダメでもこっちがある。自分が活躍できる居場所がひとつではないと感じた瞬間、本業でも思いっきりバットを振れるようになりました」

(編集部・中原一歩)

AERA 2019年5月20日号より抜粋