東日本大震災から8年を迎える福島。原発事故で多くの人が避難を余儀なくされた福島県内の避難指示区域は、今では当初の約3割、約370平方キロに縮小した。だが一方、被災11市町村では住民登録数に対する実際の居住率は平均22%(18年12月現在)。住民の帰還・居住に向け、各市町村は買い物や医療など生活インフラの整備や、働く場所の確保のための企業誘致に懸命だが、放射線への不安に加え、避難先での定着などが帰還を躊躇させている。そうした中、今なお多くの困難を抱えるかつての避難指示区域に、福島県外などから移り住み、新たな生活をスタートさせた人たちがいる。取材で会った「新住民」に共通するのは、気負わず地域に溶けこんでいること。「福島のため」という、悲愴感なんて皆無。背伸びせず、そして前向きに、自分にできることを考えている。

 楢葉町で小さな古書店を始めたのは、岡田悠(ゆたか)さん(40)だ。

「祖母との思い出がある場所。この町に住むなら好きな本の店をやろう、と」

 大半が第一原発の20キロ圏内にある楢葉町は事故後、全住民が避難。15年9月に避難指示が解除され、今では町内居住者数は3613人(同)と、居住率は約52%に達した。

 岡田さんの実家は、祖父の代から続く古書店。楢葉には母親の実家があり、80歳過ぎの祖母が駄菓子屋を営んでいた。原発事故で祖母は避難を余儀なくされ、心労がたたったのか避難先で亡くなった。祖母の自宅の隣には岡田さんの兄(43)が事故前に家を建てたが、仕事の都合で福島県郡山市に引っ越すことに。代わりに住まないかと持ち掛けてきた。移住するなら、祖母との思い出のある場所で古書店を開こう──。

 心機一転、妻(43)と一緒に楢葉へ。母屋を改装し、避難指示解除から約10日後には「岡田書店」をオープンした。だが、母屋は地震の影響で雨漏りがひどくなり取り壊すことに。母屋の隣の「納屋」を改装し17年2月、新装開店した。10畳ほどに1万冊以上。手塚治虫や石ノ森章太郎など著名な漫画家の「絶版本」に力を入れる。店の奥にある「100円漫画コーナー」も人気だ。

 小さな店は、地域のぬくもりを感じられる場所にもなった。なじみになった客や近所の住民が店先でおしゃべりして帰る。毎日のように犬の散歩の途中で立ち寄って話をする人も。岡田さんは、今こう思っている。

「今も『楢葉といえば放射能』という目で見られることがあり、むしろこれから。僕にできるのは古本を売ることくらいだけど、少しでも街を元気にする手伝いをしたい」

(編集部・野村昌二)

AERA 2019年3月4日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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