【朝日航洋 航空事業本部営業統括部係長】渡部俊さん(36)/左が今の部署の上司で、部長の横田英己さん。渡部さん(右)は以前、報道ヘリの運航や空撮などを行っている同社で営業職に就いていた(撮影/写真部・片山菜緒子)
【朝日航洋 航空事業本部営業統括部係長】渡部俊さん(36)/左が今の部署の上司で、部長の横田英己さん。渡部さん(右)は以前、報道ヘリの運航や空撮などを行っている同社で営業職に就いていた(撮影/写真部・片山菜緒子)
渡部さんらが関わり昨年10月に作成した、「私傷病の治療と仕事の両立支援ハンドブック」。「ご本人も、上司の方も、一人で悩まず人事部に相談を」と明示した(撮影/写真部・小黒冴夏)
渡部さんらが関わり昨年10月に作成した、「私傷病の治療と仕事の両立支援ハンドブック」。「ご本人も、上司の方も、一人で悩まず人事部に相談を」と明示した(撮影/写真部・小黒冴夏)

 がんは不治の病ではなくなった。「働く世代のがん対策の強化」は国の政策にも盛り込まれる。課題は、どう働く環境を整えるかだ。

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 東京都江東区のヘリポートに本社を構える朝日航洋の巨大な格納庫。ヘリコプターの点検業務に就くエンジニアへ、気さくに声をかける渡部(わたなべ)俊さん(36)がいた。顧客と技術部門とをつなぎ、「365日走り回っていた」営業マン時代を彷彿とさせる。

 闘病歴は、長い。2012年に大腸がんが見つかった。その後、肝臓に3回転移し、最後の手術から半年が経過している。

昨年から、自身を含む社内のがん罹患者2人と、人事部1人、広報担当1人を集めて、「私傷病の治療と仕事の両立支援分科会」というプロジェクトチームを結成。この2月からは、社員向けに「がん教育」を実施する。

 上層部から降ってきたプロジェクトではない。抗がん剤治療中、思うように仕事ができず、今の内勤部署に異動になり、居場所のない職場で「腐っていた」時期も。治療が終わり「やっと一般人になれた」と感じ、渡部さんが周囲を巻き込んで、ゼロから形にした。

 まずは、「がん患者の治療と就労の両立に関する所感と提言」と題する提言書をしたため、社内の制度改革とイントラネットに載せる情報のテコ入れを人事に直談判。上司には事後報告だった。自身には明確な問題提起があった。

<せっかく、がんに罹患した人向けの情報が書いてあっても、がんを体験していない人が知らないままにつくった制度じゃ、誰も見ない。自分のように困る人を出したくない!>

 渡部さんの上司で航空事業本部営業統括部長の横田英己さん(55)は、笑顔で話す。

「旧来の制度に、風穴を開けられる人間が開けてくれたなら、全社員がハッピー。だから、『好きにやりなよ』と。もし人事部長がいろいろ言ってきたら、僕も一緒に火をつけてあげるから、ぐらいな気持ちでいました。定期的な面談で、悩みを持ちながら治療と仕事の両立を続けてきたと聞いていましたから」

 いまや、がんは不治の病ではなく、「長く付き合う病気」に。治療を受けながら働く人は全国で32万5千人に上る(厚生労働省10年国民生活基礎調査を基にした推計)。国のがん対策の中に、「働く世代のがん対策の強化」が盛り込まれている。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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