撮影/写真部・大野洋介
撮影/写真部・大野洋介

 ポストイットを使ってアイディアを出し合い、同じ方向性のものごとに整理する。そんな作業を経験したことがある人も多いはず。しっかりと議論が展開され整理されているように思えるが、思わぬ危険性があるという。

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北陸先端科学技術大学院大学助教の比嘉夏子さん(39)は、人類学の研究をする一方で、企業と共同でUXリサーチやマーケティングに携わる機会も多い。今年1月、WEB企画制作会社A.C.O.のオウンドメディア上で「ポストイットには危険性が潜んでいます」というコラムを書いた。フェイスブック上で5800件以上のいいね!がつき、大きな反響があったという。

 コラムは、人類学の研究を続けてきた比嘉さんならではの視点で書かれたものだ。

 長期間現地の人々と暮らし、観察し、話を聞く。人類学でいうデータとは分厚いフィールドノートに書かれた、人々の言葉や行動の記録だ。その分析は決して機械的な作業ではない。対象者の経験や感覚に丁寧に寄り添い、自分の感覚や価値観を揺さぶられるようなタフな作業だと比嘉さんはいう。

「私の場合、南太平洋のトンガが研究対象でした。彼らの論理は、わからないことだらけ。わからない状態は、確かにストレスです。でもそれに自分がすでに知っている日本のフレームをかぶせても、理解したことにはならないんです」

 ポストイットを使うと、うまく理解できない部分や言語化しづらい部分はさっさと手放し、都合のいい部分だけを恣意(しい)的に残していく、という状況が作業の途中で起きやすい、と比嘉さんは指摘する。重要なのは、その「わからなさ」を手放さず、向き合うことなのだ、とコラムは結ばれている。

 コラムを書いた後、ソーシャルワーカーや行政など現場と向き合っている人からの共感の声が多く届いたという。

「日々現場で感じている手触りや葛藤が、ああいう会議の場になるといきなりきれいにポンと消化されていくことに、違和感を持っている人は多いんだなと感じました」

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