介護の現場で「高齢者の性」が問題視され始めている。これまではタブー視されてきたが、超高齢化社会を迎える中、待ったなしの問題だ。
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「20~30年前から高齢者の性に関する問題は少なからずありました。しかし、この10年で65歳以上の高齢者人口は1.3倍に増加し、医療の発達により寿命も延びています。そのため、認知症を患い、判断能力が低下してしまうお年寄りも増え、性に関するトラブルが増えてきた」
と話すのは、『福祉は「性」とどう向き合うか』(ミネルヴァ書房)という共著のある淑徳大学の結城康博教授だ。
結城教授によると、介護福祉士の9%が、介護サービス利用者からセクハラを受けた経験があるという。だが、この数字は氷山の一角である可能性が高い。20年以上、介護施設で働く女性介護福祉士(40代)は「耐えがたいセクハラでなければ、上司に報告することはない」と話す。背中や肩、腰回りなどを必要以上に触ってくる利用者も少なくないが、これはもはや「報告するまでもないセクハラ」という。
「私の耳にまで入ってくるのは、女性介護福祉士の胸やお尻を頻繁に触ったり、ヒドい言葉を浴びせたりする利用者です」
こう訴えるのは、社会福祉法人仁生社の特別養護老人ホーム「水元園」で施設長を務める桜川勝憲氏だ。
「ショートステイといって定期的に短期の介護サービスを受けている、とある70代の男性は、ベッドから車イスに移乗する際に、女性介護福祉士の胸を毎回わしづかみにするため、何度も注意したのですが、女性介護福祉士が耐えられなくなって辞めてしまいました。さらに別の特養老人ホームの70代の利用者は、入浴介助を行っていた特定の女性介護福祉士に対して『下手くそ』『吉原で修業してこい』などと暴言を繰り返すので、その介護福祉士も辞めてしまいました」(桜川氏)
耳に入ってきたときには、手遅れということも少なくないというのだ。種類の異なるセクハラもある。
「夜勤で特養老人ホームのサービスセンターに待機しているときに、入り口で70代の男性利用者が自慰行為を始めたときがありました。カウンター越しだったので陰部は見えなかったのですが、その床には“出た”あとがありました」(前出の女性介護福祉士)
実は、こうしたセクハラは高齢者の性に関する問題の一面でしかない。
「介助者へのセクハラに加えて、介護サービス利用者同士の性行為と、自慰行為や性風俗サービスを活用した利用者個人で性欲を処理する行為も、介護サービス事業者にはついて回る問題」(結城教授)という。
100年近い歴史を持つ都内の某養護老人ホームの女性施設長も次のように話す。
「最近も、70代の2人の男性利用者が、同じ70代の女性利用者を取り合って、殴り合いの喧嘩に発展しました。夜の巡回で、共用の和室スペースの襖を開けたときには、70代の男女が半裸で抱き合っている場面にも遭遇しました。特養に入るほどではない、比較的元気なお年寄りが、同じ施設内で恋人を見つける例は少なくありません」
なかには結婚する超熟年カップルもいるが、相続の問題や世間体を気にする家族の猛反対にあって内縁関係になるケースも。ただし、両者同意のもとであれば、あくまで恋愛。“問題”になるのは、同意なく性行為に及ぶケースだ。
「私が介護福祉士に聞いた話でショッキングだったのは、特養老人ホームに入居している70代の男性が、認知症を患っている70代女性の部屋に忍び込んだ話でした。ある夜、70代女性の部屋から出てくる男性の姿を目撃して、女性の様子を見にいくと、シーツに精液の跡が残っていたというのです」(結城教授)
女性は認知症だったので、何をされたのかもわかっていなかった可能性が高い。
「もしくは、自分の夫だと思って受け入れていたのかもしれない。被害を訴えることのできない女性と男性の性に対して、どう向き合えばいいのかと介護福祉士は頭を悩ませていました」(同)
(ジャーナリスト・田茂井治)
※AERA 2018年5月28日号より抜粋