陸上自衛隊の「創隊以来の大改革」で発足した陸上総隊。朝霞駐屯地で4月4日に実施された司令官旗授与式で、小野寺五典防衛相(左)から旗を受け取る司令官の小林茂陸将 (c)朝日新聞社[撮影/藤田直央]
陸上自衛隊の「創隊以来の大改革」で発足した陸上総隊。朝霞駐屯地で4月4日に実施された司令官旗授与式で、小野寺五典防衛相(左)から旗を受け取る司令官の小林茂陸将 (c)朝日新聞社[撮影/藤田直央]
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 今度は陸上自衛隊のイラク派遣日報で「ない」とされていた文書が、また出てきた。組織改革で新任務に臨む足元が揺れ、森友問題と並んで安倍政権を悩ませる。

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 相次ぐ陸上自衛隊の「日報」問題は、国民に選ばれた政治家による自衛隊への「文民統制」をも揺るがす。

 軍事組織では、作戦などの指揮に関する「軍令」と、予算など維持管理に関する「軍政」がある。戦前の帝国陸軍では参謀本部が軍令を握り、明治憲法下の統帥権を根拠に天皇と直結して暴走した。軍政は陸軍省が担ったが、トップの陸軍大臣はほとんど現役の軍人で、軍令との境目はあいまいになった。

 このため戦後は新憲法で軍人は閣僚になれないとし、自衛隊法で最高指揮官を首相と定めるなど文民統制を掲げた。自衛隊を管理する防衛庁を設け、官僚(背広組)が自衛官(制服組)に優越する「文官統制」の仕組みも作った。それは軍令にも及び、防衛庁設置法では防衛庁長官の命令を背広組幹部が「補佐する」とされた。自衛隊が有事や災害で動く際の指揮内容を背広組が仕切る形だった。

 だが、そんな文官統制は防衛庁が防衛省に格上げされた翌08年から弱まる。政府の有識者会議が「軍事組織の暴走は防がねばならないが、必要なとき機能しないと安全保障は保てない」とし、制服組も交えた「積極的な文民統制」を提言。これが15年の法改正につながる。防衛相の補佐役として陸海空の制服組トップは背広組の局長級幹部と対等になり、背広組で自衛隊の運用を担う局が廃止された。

 背広組の幹部は言う。「最近の政権は自衛隊の活用を掲げ、軍令面で制服組を復権させてきた。文書管理には行政的な資質が必要だが、日報のように軍令の固まりと言える文書の扱いに背広組は口を出しにくい」

 CRF司令官当時に南スーダン日報問題に直面した小林茂・陸上総隊司令官は4月4日の記者会見で「二度と起こしてはいけない。文書管理の教育を徹底し、情報公開請求があれば優先順位高く対応したい」と語った。だが、増える任務に専念したい現場の事情も切実だ。

 制服組に情報公開への対応も任務として意識させ、態勢を整えられるか。放置すれば、文書の隠蔽と発覚が政権を揺るがし続ける。日本の文民統制はそこまで追い込まれている。(朝日新聞専門記者・藤田直央)

AERA2018年4月16日号より抜粋