「ワールド・オープン・ハート」の阿部恭子さん。「加害者家族とは、誰の身にも起こり得るリスク。被害者支援はもちろん大切だが、加害者家族の存在と現状も認識してもらいたい」(阿部さん)(写真:本人提供)
「ワールド・オープン・ハート」の阿部恭子さん。「加害者家族とは、誰の身にも起こり得るリスク。被害者支援はもちろん大切だが、加害者家族の存在と現状も認識してもらいたい」(阿部さん)(写真:本人提供)
事件・事故後の生活の変化(AERA 2018年1月22日号より)
事件・事故後の生活の変化(AERA 2018年1月22日号より)

 ある日突然、家族が起こした犯罪で“加害者”となる家族がいる。日本でも支援の手が広がるが、まだまだ遅れ気味だ。取り巻く現実を追った。

【図で見る】事件・事故後の生活の変化

 今も、携帯電話に知らない番号から電話がかかってくると心臓がドキドキする。

「どうしてもあの日の出来事を思い出して、トラウマになっています」

 関東地方に暮らすA子さん(40代)は、言葉少なに話す。

 数年前の朝、自宅で家事をしていたA子さんの携帯電話が突然鳴った。地元の警察からだった。夫が電車内で痴漢をしたので逮捕した。勾留しているので、警察署まで来てほしいというのだ。

 自分の身に何が起きているのか理解できなかった。すぐ警察に向かったが、その途中、この先、何が待ち受けているか考えると怖くなった。

 子どものこと、お金のこと、自分のこの先の人生のこと。そして何より、マスコミに報道され白日のもとにさらされる恐怖。現実から逃げ出したくて、「自死」が頭をよぎった。

「このまま電車に飛び込めば楽になるだろう……」

 幸いマスコミで報道されることはなかった。だが、犯罪加害者家族になったことで、それまで普通の専業主婦で幸せな生活を送っていたA子さんの暮らしは、すべてが暗転した。

 夫は再犯の可能性がゼロではない。再び犯罪を犯した時、今度はマスコミが自宅に押し掛けてくるだろう。そうなるとすぐ自宅を引き払わなくてはいけない。そんな残酷なことを子どもたちにしたくはない。子どもたちに累が及ばぬよう、A子さんは離婚し姓を変え、長年住み慣れた地元を離れて別の都市に転居した。

 今は仕事を見つけ、子どもたちと普通の生活を送っている。すべてを捨て再スタートを切っていると話すが、人の目が怖くなり、常に誰かに見られているのではないかと感じて気持ちが楽になることはないという。

 何であの人はあんなことをしたの、何であの人はああなったの、何で私の人生はこうなったの。何で、何で、何で……。「なぜ」を解決する答えはまだ見えない。A子さんは言う。「私の、一生の課題だと思います」

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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