温厚だが、松山弁でいう「よもだ(へそ曲がり)」な一面もある。本人の言によれば、「田舎から脱出したい」という強い思いから上京。東京大学医学部に合格するが、開業医だった親類の大変な生活ぶりを目のあたりにしていたこともあり不合格だったと嘘をつき、日本大学芸術学部に進学。学生運動に加わり、警察からマークされ、隅田川近くの赤線地帯に身を潜めていたときもあった。渥美さんとの出会いはそのころである。

 平賀源内を主人公にしたNHKテレビ時代劇「天下御免」や、「七人の刑事」「修羅の旅して」「続・事件」などを手がけ、脚本家として脚光を浴びる。中でも有名なのは広島で胎内被爆した温泉芸者を描いた「夢千代日記」(81~84年)や生家を舞台にした「花へんろ」(85~88年)だろう。

「早坂さんの字の温もりの中に、夢千代の想いを感じ取ることができました。『夢千代日記』は早坂さんからいただいた大きなプレゼントです」と主演の吉永小百合さん。映画脚本も多く「青春の門」「空海」などがあるが、自伝的小説『ダウンタウン・ヒーローズ』の映画化に対する評価は厳しかった。切なくも甘い無頼と漂泊の物語だったが、「あの映画は僕のダウンタウン・ヒーローズではない」。山田洋次監督に抗議したという。

 講演活動のほか、2018年放送予定のドラマの制作にも携わっていた。外出先で倒れ、腹部大動脈瘤破裂のため都内の病院で亡くなったが、「最期は生まれ故郷の瀬戸内海の海がいい。瀬戸内のピチャピチャという波音は母親の子宮みたいな感じがするんです」と生前話していた。

「伊予の江の島」と呼ばれる小さな島、北条鹿島(ほうじょうかしま、松山市)を
思い浮かべていたのだろう。

 島の渡船場近くに「お遍路が一列に行く虹の中」と刻まれた句碑が立っている。俳句が趣味だった渥美さんが生前詠んだ句で、地元有志が13年に設置。早坂さんが字を書いた。2人の友情の結晶でもある句碑。瀬戸内の陽光を浴びて、きらきら輝いているにちがいない。(朝日新聞編集委員・小泉信一)

AERA 2018年1月1-8日合併号