●貧困層が富裕層支える

 リオデジャネイロでは市の人口630万人のうち22%がファベーラに暮らす。崖地や浅瀬の海上、川べりなどの使われていない土地(主に公有地)を人々が不法占拠して形成した集落のことだ。低所得者層向けの住宅政策はひどく立ち遅れており、必然の結果として都市に無数のファベーラを生んだ。

 ブラジルでは国民の23%が月額最低賃金937レアル(1レアルは約35円)以下で暮らす一方で、物価水準は先進国並みだ。そして社会保障や教育・就労支援などの不備が社会格差を広げ、貧困を再生産している。

 軍事政権下(1964~85年)に多発したファベーラの強制退去は、民主化後、居住権を認める現実路線に転換した。ビラアウトドロモも96年に居住権が認定された。しかし09年のオリンピック開催地決定以降、状況は大きく変わった。オリンピックをめぐる公権力の濫用などの監視・検証を目的に10年に発足した市民団体、オリンピック民衆委員会の調べでは、09年以降に市内で強制退去となったファベーラは50カ所。住民数は2万2千世帯、7万7千人にのぼった。

 同委員会の主要メンバーで、都市計画の研究者でもあるジゼレ・タナカさん(39)は、こう分析する。

「市民が反対の声を上げにくいメガイベントを名目に、かねて意図されていたジェントリフィケーション(高級化、階級浄化)が強行された。貧困層の存在を無視した都市計画と利益の追求が優先された」

 都市の美観を損ね、治安を悪化させる元凶だと嫌悪されがちなファベーラ。しかし経済や富裕層の生活を下支えしているのは、低賃金で労働する貧困層にほかならない。

 ペニャさんは長年、家政婦として働いてきた。ブラジルでは中産階層以上の多くが日々の家事労働を家政婦に頼っている。夫のルイスさん(54)は道路掃除夫だった。その後、自宅に商店を開き、働きながら大学で体育学を学んだ。現在はバハ地区の高級マンションに併設された住民専用のフィットネスジムでトレーナーを務めている。

 あなたのジムの生徒はファベーラをどう見ているの、とルイスさんに尋ねてみた。「どうだろう。すぐそばにあっても彼らにはあまりにも違う世界すぎて、なにも考えられないんじゃないかな」と笑った。

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