●トラウマから怒りに

 男性(47)には、ある演奏者を傷つけ、周囲が紛糾する言葉をツイートしてしまったことがある。

 男性は仕事の傍ら年間60本もの演奏活動をしている。日本代表として海外の音楽祭に出演した実績もある。だが、演奏スタイルが個性的だからか、ネット黎明期からサイトを開設し批評活動を行っていて目立つからか、ファンも多いが、アンチにも悩まされてきた。被災地支援は「売名行為」と匿名のメールで罵られた。

 騒動のきっかけは、自身が主催したコンサートだった。会場の手配や集客にも、時に理不尽な苦労を重ねての盛況。終演後、そんな努力を無視するかのような演奏者のツイートを見て、これまでの苦労や、過去の嫌な思い出が押し寄せた。つい、反論めいたツイートをした。

 すると、思わぬ勢いで賛否双方の立場でリツイートされだした。当の演奏者の反駁ツイートもあった。対応を逡巡していたところ、友人にたしなめられて、冷静さを取り戻した。

 そして、自分が過去の誹謗中傷の経験から過剰反応したことを謝罪し、ツイートの一部を削除した。それ以来、自身のトラウマを意識し、書き込みをするときは、ひと呼吸おくようになったという。

 私たちの日常には、怒りをまっすぐに表現する局面が少ない。怒りを出すと角が立つし、大人げないからと、ついグッとこらえて、日常を送ることになる。だが、たまった怒りは思いもかけないところで暴走する。

●怒りと我慢で消耗する

 日本アンガーマネジメント協会代表理事の安藤俊介さんによると、米国では怒りの暴走が1970年代に顕在化し、社会問題としてアプローチされてきた。

「いまや、自分自身の怒りを適切にマネジメントすることは、米国のビジネスパーソンの間では常識です」(安藤さん)

 日本でも、「どうでもいいことでイライラする自分をどうにかしたい」「短気は損気なのに人とぶつかってしまう自分が嫌だ」と、同協会を訪れる人が増えているという。

『人間関係の疲れをとる技術』の著者で自衛隊メンタル教官の下園壮太さんは、現代人が怒りを感じる状況に注目する。

「大昔は生存競争で発揮されていたでしょうが、現代における怒りは、自分の価値観を脅かされる時、生きづらさを避けるために発動する傾向が強いんです」

 自分の中の正義が、常に社会生活で通用するとは限らない。会社組織で理不尽を経験しても、生活を守るためには、我慢するほかない。

「ところが、怒りのエネルギーは大きく、それを我慢するエネルギーも大きくなる。怒りと我慢のせめぎ合いは一定時間続き、人は消耗してしまう」(下園さん)

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