「プライドが邪魔して『前はできたのに』と思っていました。自分が落ちている時に他人の活躍を見るのはつらかったんです。やっと現実を受け止められたのは、トリノ五輪の選考会となる2005年全日本選手権の最終グループを客席から見た時。『皆が本当にすごい戦いをしている』と。客観的に自分の状況を受け止めて具体的に何をするか考え、ここから本当のV字回復が始まったんです」

 着実な練習の成果もあり、4年後のバンクーバー五輪に出場。さらに4年後には、13回目の出場にして全日本選手権で初優勝し、ソチ五輪に出場した。

「18歳の時の経験がなかったら、むしろ五輪には行けなかったと思います。それくらい私の生き方はあの時に変わりました。人間は弱さを知って初めて強くなれる。どん底に落ちてみないと分からない喜びがある。だから私の人生にすごく必要な経験だったと思います」

 どん底の時期に、一つだけ失わなかった情熱があるという。

「『この経験を無駄にしないぞ』と自分に言い聞かせていました。苦しい経験にふたをしたら、マイナスの経験で終わってしまう。でもその後の生き方次第では、あれはプラスにつなげるための経験だったと言えるから」

 引退後は、プロスケーターや解説者として多忙な日々を送る。

「あの経験はプロになってからも生きています。常に悩みはあるけれど、しっかり時間をかけて考えれば、必ずまた上がっていけることを知っているから。落ち込むのは悪いことじゃないと思えるようになりました。たくさんの人に助けられたからこそ、今は、自分が関わった人に幸せになってほしいと願っています」

(ライター・野口美恵)

AERA 2017年7月3日号